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得意を言語化すると、有料コンテンツになる

私の先生の一人は「言語化が出来れば、そのままビジネスになる」とよく言っています。

人は誰でも苦労なくできることが一つや二つあるものです。
本人にとっては「そんな大したことじゃない」と思ってしまうようなことでも、それが出来なくて困っている人にとっては「できない」から「できる」のプロセスを細かく伝えてくれるのは大変ありがたい。

例えば最近増えつつある、自転車の乗り方を教えてくれる教室。
自転車といえば私の世代くらいまでは何度も転んだり、痛い目に合ってようやく乗れるようになる、というイメージが強くありました。しかし最近の自転車教室ではまるで自動車教習所のように乗り方を手とり足とり教えてくれるらしい。

自転車の乗り方なんてどう言語化するのでしょう、、
考えただけで難しいですし、人によっては自分の言語化能力の低さにイライラして生徒に「気合が足りないからだ!」と根性論を振り回してしまう人もいるかもしれないです。しかしそこをグッとこらえて、伝わる言葉にすることで有料コンテンツになるようです。

かくいう私も言語化が大の苦手。しかし練習しなければライターとして進歩はない。
ということで心を動かすエッセイの基本をちょっと言語化してみます。

読者の心を動かすエッセイの書き方。それはひと言でいうと、書き手である自分が最も心揺さぶられた場面を、読者と同じタイミングで味わってもらうように書くということです。

例えばこちらの文章。

「私は激しく怒った。きれいな公園にゴミをポイ捨てしている人がいたからだ」

この場合、私(書き手)の感情が少し先行していて、読者は「なぜこの書き手はそんなに怒ったのか?」がわかるまで若干タイムラグがあります。このタイムラグが少なければ少ないほど、共感は生まれやすいです。

「きれいな公園にゴミをポイ捨てしている人がいた。毎日公園を掃除している地域の人たち、公園に花の咲くのを楽しみにしている母のことを思うと、なんだか激しい怒りが湧いてきた」

このように読者の頭の中に「地域の人から愛されている美しい公園」という情景を広げてから、私(書き手)の感情(怒り)を持ってきた方が、読者は感情移入しやすいです。

よく「文章の書きだしがわからない」というご質問をうけますが、自分の感情が一番大きく揺れた場面から逆算して、必要なところから書き始めるのが最も良いと思います。
私(書き手・主人公・視点人物)がその物語の中で心が動くとき、読者の感情も同じタイミングで動くように、読者を置いてきぼりにしないように。

そして物語のラストは、自分の心が一番動いた場面を描けたらそこで終わってかまいません。まとめず、結論もオチもつけない。ちょっと唐突に終わるくらいがちょうどいいです。その物語の答えは読者が自分で導き出すものであり、書き手は物語を差し出すのみ。

・・と書いてみましたが、やっぱり言語化するのってむずかしいですね。。
春くらいからまた文章教室を始めようと思いますので、読者の心の動かし方にご興味がある方はぜひそちらへ・・って言語化から逃げてしまいました。

やっぱり想いを言葉にするって、むずかしいワ。

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