戦う_ソフトウェア_エンジニア

【小説】戦う!ソフトウェア・エンジニア

『盤下の敵』(3)

●戦闘妖精、情報収集中

久しぶりにまともな食事だった。

最近はコンビニ弁当ばっかり食べていたので、サラダが温かくないだけで相当に嬉しかった。(コンビニ弁当をその場で温めてもらうと、サラダまで温まってしまったからね)

F主任は私とTが食事を平らげるまで、仕事の話はしなかった。
風体に似合わず、そんな気遣いができる。

登場人物の紹介が手薄だったので、ここら辺で詳細を説明しておく。

私はS。
地方から地方に就職でやってきた23歳のエンジニアだ。
性別は男性。
右利きの平凡な社会人2年生ってところだ。
身長は170センチ。体重平均的。
顔面偏差値もまた平均。

地方から都会の大学に進学し、そこで電気工学を学んだ。
小さい頃から機械工作や電子工作が大好きだったので、将来は電気・機械を扱う仕事に就きたいと思うようになり、産業機械を作る今の会社に就職した。
メカトロニクスの塊みたいな会社だった。

小学校、中学校、高校と成績は中の中。
よって、大学もほどほどの工学系の大学に通った。

部活動はアマチュア無線や電子工作の他にテニス、ギター、絵画、サッカーなどなど、まったく一貫性がないものばかりを渡って来たので、自分でも何が本気だったのか不明。
運動神経は悪い方だったから、運動系の部活動ではレギュラーになれなかった。

Tは私と同い年。同じように地方から都会の大学に進学し、地方に就職した口だった。

左利きの社会人2年生。
性別:男性。
寡黙で人付き合いは良くない。
身長は私とほぼ変わらず。体育会系の部活動をやっていたらしく、がっしりとしていて、私より頑丈そうだった。
顔面偏差値はかなり良い。が、クールすぎて女子社員が寄り付かない。
勿体無いことだ。

大学では私と違って経営工学を学んでいた。
どっちかというと金融系だったみたいだけど、何故か今の会社を選択していた。

合気道などの格闘技が趣味という、怒らせるとちょいと怖い男だった。
ムカついたことがあると、運動場(当時の会社の裏に会社所有の運動場があった)の裏にある木を蹴っていた。

昨年の夏の終わりに台風が来た時、その木だけが根元付近からバキっと折れてしまったのは、奴のせいだと思っている。

F主任の風体は前回お話しした通り。
ネアンデルタール人かトロールが洋服を着ていると表現する方が適切ってくらい強面+屈強そう。

地元の大学を出て、地元の会社に就職。
すでに15年以上この職場にいるらしい。

年齢は40歳になったばかり。
最初はハードウェア開発を担当していたらしいが、ハードウェア部門が独立したときに、我々の課に残ってソフトウェア開発部隊に籍を置くようになった。

紙と鉛筆よりも、盾と槍が似合う。
顔面偏差値は測定機器がエラーになるレベル。
だが、妻子持ち。
奥さんと会ったことは無いが、他の人から主任の結婚式の写真を見せてもらったことがある。
リアル美女と野獣だったのに、仰天した記憶がある。

主任クラスになると自分でソースコードを書くことはもう無い。
もっぱら後進の指導と教育。プロジェクトの指揮監督を任される。

そして、F主任はこの開発プロジェクトのプロジェクトリーダではない。
というか、今回の製品開発プロジェクトにメンバとして入ってもいない。
主任が担当したのは、今回の製品の前身にあたる旧機種だった。
言ってみれば今回の開発は派生開発。
言い方が悪いが焼き直し開発。

なので、F主任が登場した時には正直にいって驚いた。
主任が首を突っ込む義務はないのである。

ドリンクバーというこの世の贅沢を堪能している(というか元を取ろうと無理やり飲んでいる)と、主任がおもむろに話し出した。

F:「最初のトラブル発生からどれくらい経つんだ?」

今回のデータ異常トラブルの話である。

T:「7月頭が最初のトラブル発生だから、もう一ヶ月ですかね」

何故かTはソーダ水ばかり飲む。
私はファンタオレンジを飲みながら

私:「最初は印刷機Bへの指示が異常。その一週間後になって、突然に製本工程にも発生。で、とどめの一撃は先週発生した印刷機Aと梱包工程のダブルパンチですからね」

と返した。

もう、何が何だかわからなかった。
現場は現場で大騒ぎ。
発生頻度が高い訳ではないが、1〜2週間に1回程度発生する。

どんな伝染の仕方をすれば、こんなに障害が飛び火するのか理解不能だった。
それぞれの処理は関連があるとはいえ、異常の出る場所が違いすぎる。
在庫、搬送、製造、工程のどの処理も複雑に連携しているので、問題が発生する可能性はゼロではない。
が、会社にある再現環境(障害が発生している現地の設備をシミュレートできる環境)では未だに問題は再現できていない。

「バグは事務所で起きているんじゃ無い。現場で起きているんだ」

F主任がボソッと呟いた。

「(しゅ、主任、それはTVの見過ぎですって!)は、はぁ・・・」

危うくファンタオレンジが口から逆流するかと思った。

私とTは、これまで調査してきた内容や、今回の設備で特徴的な部分や、自分たちが書き起こしたソースコードや改造した内容を主任に話した。
ペーペーが説明できることなど大したものではなかったが、F主任は真剣に聞いてくれた。

主任が次のように語り出した。

「今回の開発でベースとなっているソフトウェアは昔に俺が書き起こしたソースコードだ。
とっても醜い(いや、読みにくい)ソースコードだろ?
いやいや、無理して否定しなくていいぞ。
俺自身だってあれは酷いソースコードだと思ってるよ。
だからな、申し訳ないと思ってるんだ。
何しろ、入社してハードウェアばっかり担当してきて、いきなりソフトウェア開発チームへの配置換えだろ。
びっくりしたさ。
で、配置替えの後のソフトウェア開発転換教育を3日受講した後、いきなり製品開発だ。
お前たちも似たようなもんだろうが、ここの会社はとにかくスパルタだ。
脳みそよりも体力で勝負ってところがある。
会社の上層部は全員ハードウェア畑出身だからな。
ソフトウェアはハードウェアの付け足しくらいにしか理解していない。」

そう言いつつ、主任はビールを注文して飲んでいた。
ちょ!ちょっと、主任!このあと車を運転するんですよ!
(当時の飲酒運転に対する認識なんて、こんなもんだった)

「そんな上層部だからな。
なかなか教育ってもんが浸透しない。
これからの世の中はソフトウェアが支配するって言っても聞く耳を持たない。
未だに予算はハードウェアが中心だ。
早晩、この会社はダメになるかもしれん。
昔、B課長に机を投げつけたことがある。
『ソフトウェアを舐めんなよ!ってな』
ま、そんな課長が部長職につくんだから、御里が知れるさ」

ちょっ!なんで机なんですか!普通は灰皿とか、電話器くらいでしょw

「あん?!何故、机かっだって?
そりゃお前、一番近くにあったからだぜ。
いちいち、灰皿なんて取りにいくかよ(わははは)」

今じゃあ考えられないが、昔の執務室は喫煙可だった。
で、十分に机は重たかった。

主任は我々の惨状を見かねて、やって来てくれていた。
もともと主任が開発したソースコードを改修しての派生開発だったので、主任自身にも何か助けることができるかもと思ったらしい。

もともとソフトウェア開発出身ではない人が書いたソースコードをヒヨッ子の若手が更に改造している。
ある意味、魔改造だ。
前身である製品も相当に問題を起こしたらしい。
落ち着くまで一年程度を要したそうである。

それだけ問題を起こしても、当時は好景気。
作れば売れる。

私とTはその話を聞いて萎えた。
この生活が1年も続いたら、、、絶対に転職する。
事実、自社の人員定着率はかなり悪い。
現代で言えば一番近い言葉が「ブラック企業」だろう。

脳みそよりも体力を重視する体育会系の会社なので、徹夜上等!って社風だし、ソースコードがスパゲティになろうが、再利用不能になろうが、出荷できること優先だし。
なんとなく先が見えている気はしていた。

F主任の同期はほぼ全滅しているらしい。
同期のほとんどは転職するか、病気になって退職したか、実家の仕事を継ぐか、だったとか。

だめだ、、、かなり暗い。

雰囲気が暗いのを感じ取ってか、主任が話を変えた。

F:「そろそろ、変だと思わんか?」
私、T:「そりゃ、、、でも、我々はまだペーペーですし、課長やリーダから指示されたことが全部出来ているとは言えないので」

さらに萎縮する。

F:「それもわかる。だがな、俺だってお前らと同じように自分を最初に責めたさ。」
私、T:「(嘘だろ、最初に他人を刺すって感じだぞ)そ、そうですか」
F:「でもな、これまでの話を聞く限りでは、今回の障害の出方は異常だ。ソフトウェアが何でも出来るからって、どんな障害でも発生させられる魔法使いじゃないんだぞ」
私:「そりゃ、そうですけど」
T:「証明する方法が、わからないんですよ」

主任は2杯目のビールを飲んでいた。

F:「事務所に篭っていたら、分かるもんも分からん。」
私:「はあ、、、確かに」
T:「現地に張り付いている担当者とは逐次連絡を取ってます。データやログも貰っているし、それなりに密に連携していますけど」
F:「システムってもんはな、設計書さえ書ければ作れるもんじゃない。設計書だけで作ったもんなんて、ロクなもんにならん。俺たちゃシステム・エンジニアだ。システムって言葉をよく考えろ」

もう、スポ根の世界である。

そんなF主任には社内で語り継がれる伝説がある。

昔、F主任が担当したシステムでの出来事だ。
納入したあるシステムが頻繁にトラブルを起こした。
納入先の会社の部長はカンカンだ。
弊社の担当者が行っている時にはトラブルは起きないが、担当者が帰った後に必ずトラブルが発生する。
動作ログを解析しても「外部からの信号で”正常に”停止した」という記録しか出てこないのだ。

数度同じトラブルが発生した後、F主任が現地で張り込みをすることになった。
別なログ収集機能を搭載し、様子見をさせてもらうことにしたのだ。
相手企業の部長は文句を言いつつも了承し、F主任は現場で居残ることにした。

トラブルは”人が見張っていると起きない”ことが問題だった。
主任には何か感じるものがあったのだろう。
ポラロイドカメラを持って、工場の屋根裏に上がった。
当時でも、カメラを相手企業の敷地内に持ち込むことは、かなり危険な行為だった。
わざわざポラロイドにしたのはネガ等を外部に持ち出してしないことを証明するためだったと聞いている。

相手企業の会社は24時間体制で深夜にも作業員が巡回している。

そして、ついにトラブル発生の原因を突き止める瞬間がやってきた。
それは新規に追加したログ収集機能が動作したとかいうのではなく、F主任が持っていたポラロイドカメラによって特定されることになった。

深夜、誰も居ない(実際には、屋根裏に主任がいる)工場内。
一人の深夜作業者が巡回に来た。
彼は工場内に誰も居ないことを確認すると、弊社の設備の一つに近寄り、必要もないのに(というか、やってはいけない)盤を開けて設備の停止ボタンを押したのだ!

F主任は冷静にその瞬間をカメラに捉えていた。
私が思うにカメラ操作自体は冷静でも、その形相は想像に難くない。
きっと鬼神のような形相だったに違いない。

深夜作業者がその場を立ち去ろうとしたとき、彼の目の前にリアル鬼神が仁王立ちになっていた(そうだ)。

このクソ野郎がああああぁぁぁ!!!!

工場中に響き渡った(と、聞いている)。

その後、その作業者をとっ捕まえ、深夜にも関わらず相手企業の部長を叩き起こし、証拠の写真を添えて、犯人をつきだした。

突き出された作業者はあまりの恐怖に失禁していた(と、聞いている)。

その時の形相があまりにも人間離れしていたので、相手企業の部長がその場で土下座した(と、聞いている)。

その後、相手企業の社長までが弊社にわざわざ謝罪に来たほどである。(これは本当らしい)

設備の異常停止騒ぎの真相は、ブラック企業で働く深夜作業者が、設備に問題を発生させ、その間に休みを取りたかったからだった。
設備に異常があれば、そのあいだ仕事が止まる。
自分のせいでなければ自分の給料が減ることはない。
ちょっと悲しい出来事である。

それ以来、F主任を知らない人は我が社には存在しない。

F:「明日か明後日、現地に行ってみるか?」
私、T:「うーん。そうですね。もう煮詰まっているし。何か見落としがあるかどうか見てみるのもいいかも。でも、課長やリーダが許してくれるかなぁ?」
F:「心配するな、俺が交渉してやる。」

主任はビールを空けた。

F:「あ、それからな。『煮詰まる』は変だぞ。その表現は良い意味に使うんだ。今使うなら『行き詰まる』だ。」

意外と細かいところもある。

F:「さて、帰るか。あ、お前たちは会社に泊まれ。朝までまだ時間がある。その方が数時間多く寝れるだろ。送ってやる」

って、おい!やっぱ鬼かよ!

(つづく)





ソフトウェア・エンジニアを40年以上やってます。 「Botを作りたいけど敷居が高い」と思われている方にも「わかる」「できる」を感じてもらえるように頑張ります。 よろしくお願い致します。