彼女は汗をかかない

職場に新しい先生が来た。ここは子ども園である。
物腰が柔らかく、優しく、愛情深く、そして美しい彼女に子どもたちの人気は集中した。
嫌な言い方だが、先生たちには園児たちによる人気ランキングがあるといえる。来たばかりの彼女だが、人気ランキングはダントツの一位となった。
私はといえば、長い間勤めているにもかかわらず、地味で暗い性格が伝わるのかそういった人気とは縁がない。

自分としては頑張ってもいるつもりなので、大人気の彼女を見ると妬ましいような、苦しい感情に苛まれる。だけど同時に彼女の凄さや美しさを感じていた。
こうやって書くと、彼女は一部の隙も無い才女のように感じるかもしれないが、実は笑ったときの声がちょっと低かったり、たびたび毒づいていたりと親近感を持つ点もある。逆にそこを狙ってやっていたとしたら物凄い才能である。完璧より上位に立つであろう。

だけど多分、彼女は完璧を目指しているけどなりきれない自分にコンプレックスがある気がする。
そこが、何とも凄く魅力的なのだ。今の自分に満足せず、ストイックに自分を磨き続けるなんて私には到底できないから

そんな彼女が来て一年が過ぎたある日、私はふと気づいた。
彼女は全く汗をかいていないのだ。
その日は30℃を超える暑さの中、職員は皆汗だくで仕事をしていた。私などは化粧も崩れて顔面はひどい有り様である。
そんな中、彼女の顔はサラサラとして常にお化粧したての美しさだ。首にタオルを巻いてはいるが、もはや必要無さそう。

綺麗に巻かれて結われた髪は艶々として一切乱れることがない。姿勢は美しく背筋が伸びており、少し高めの通る声で優しく子どもたちに語りかける。
もちろん、他の先生たちに対しても優しく、細かな所を気づいては話しかけてくれる。以前からそうだったので他の先生たちは気づいて無さそうな雰囲気だが

「あれ、先生、髪の毛に葉っぱが付いてますよ」
そういって彼女の指が私の頬の辺りに触れた。

驚くほどひんやりして、硬い。そしてサラサラしていた。

彼女が何かを飲んでいるところを、そういえば最近見ただろうか。
ご飯を食べるところは?

そんな私の定まらない視線を掴み取るように彼女の可愛らしい目が覗き込み、にっこりと微笑んだ。
ふと、彼女の低い笑い声が無性に恋しくなるのだった

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