マウントの山に住むひと

彼女は唯一のママ友だった。
2人で会っているとき、無口な私は彼女の止まることを知らないトークに半ば飲み込まれるように過ごしていた。楽しいのかどうかもよく分からず、別れた後はやたらと疲れていた。

彼女いわく、自分は頭が良く、異性にモテて、子育てや家事は完璧にこなし、仕事ではとても頼られているのだそうだ。私は割と逆の人生なので、ありのままに自分のことを話すと、彼女は満足そうに口角を上げて、クリスマスパーティーの手料理の写真を見せたり、職場の上司に誘われた話をする。

すごいねー、という相槌を連発しつつ、何とか彼女との会話に楽しみや嬉しみを見出そうと努力するが、難儀である。が、そのうち彼女の足がふっと宙に浮いて、まるで山を登るように上へとグングン上がっていった。私は自慢話をする度に上に上に上がってゆく彼女が面白くなりじっと見つめていたが、ふとここで私も自慢話をしたらどうなるのかと考えた。

ちょっとした間の瞬間に、ポロリと「うちの母は美人なんだ」と言ってみた。

彼女はヒュッと下に降りてきて、真顔で「ふーん」と答えた。
機嫌が悪くなると面倒なので、その話は無かったことにし、そのまま彼女を讃えながら過ごすと、グングングングン上へと登っていき、「私、宇多田の歌が上手いってよく言われるの!今度聴かせてあげるね」という言葉を最期に彼女の姿は見えなくなった。

彼女は山を登り切ってどこへ行ったのだろう。私は妙に清々した気分になり、彼女のいない日常を堪能した。
そのうち、自分の仕事が順調に軌道に乗り、仲間や家族に恵まれたこともあって日々を楽しく過ごしていた私の元に、再び彼女から連絡があった。
久しぶりに会う彼女は少し疲れた様子であったが、いつものように止まらないトークを繰り広げていた。「仕事で頼られ過ぎちゃって、管理職のポジションになったの。異例なんだけどね」「家に来た車の整備士ににライン交換お願いされちゃったー、人妻なんだけど私笑」

何故か、以前のように彼女が宙に浮かぶことは無かった。

試しに、今度は私が現状を話した。彼女の消えていた期間の、楽しく充実した日々の話である。
すると、彼女の背がみるみる縮んでいった。いや、正しくは下へ降りて行ったようだ。
どんどん彼女の頭頂部が小さくなっていき、ついには消えていなくなってしまった。
彼女は山を降りていったのか。

あるいは、私が上へと登り切ってしまったのかもしれない。

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