悪気のないひと

職場に古株のパートさんがいる。私もまあまあ古くからいるけど、10年選手の彼女には勝てない。私が入った当初から、なーんか嫌な人だなあと思っていた。なんて言うか、粗探しが得意で指摘はするけど自分は動かないし、ムカッとくることをズケズケ言うし

でも、どの人に聞いても「あー、あの人悪気は無いからさ」
と言われる。
悪気が無ければ何してもいいのか
ずっとモヤモヤしていたけど、確かにその人は誰に対してもこうなのだ。人によって差別はしない、誰に対しても等しく失礼。私も仕事以外の雑談では話を合わせて穏便に済ませていたけど、いざ仕事で一緒になると、まあイライラして仕方ない。ここの掃除はこうするのよ、片付けかた間違ってる、重箱の隅をつつくようなことを云々言われるけど言うだけで実際の掃除や片付けはしない。正直なところ、だったら自分でやってくれと思う。

段々と私も態度が悪くなる。普段は事なかれ主義だが、完全に上っ面の気遣いすらできなくなっていた。頭に血が昇る感じがして上手く話せない。その先生に話しかけられたとしても、気づくと目を逸らして「知りません」としか言わなくなっていた。
でも仕方ないのだ。だって自分では制御できないし、何よりも悪気は無いのだから。こんな態度、取りたくて取ってるわけではない。悪意が無い事を言い訳にして、私の態度はどんどん酷くなっていった

そのうち段々と、周りの治安が悪くなりだすのを感じた。物言いがキツい先生が増えて、子どもたちは怯えている。無視や嘘が横行し、子ども園の雰囲気は最悪の状態となっていった。皆は口癖のように「誰も悪気は無いからね」を連発する

そんな折、例の先生はこの園の人間関係には耐えられないとの理由で他の系列園へと異動となった。
たちまち先生たちは憑き物が取れたように物腰が柔らかくなり、子ども園に平穏が訪れた。互いをフォローし、感謝を忘れない関係の中には悪気の有り無しなどもはや関係ない。私は安堵していた

そうして1年が立つ頃、風の噂でその先生が再び戻ってくる事を知った。向こうでも人間関係がめちゃくちゃになったらしい。

「まーた悪気のないひとが戻ってくるのね」
私は悪意に満ちた言い方で呟いた。

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