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音符の雨

2年ぶりにチェンバロリサイタルを聞きに行った話

その日は前回と違い、戻り梅雨のような雨の日だった。会場となるギャラリースペース「Enne_nittouren」(えんね・にっとうれん)はフラワーショップと同居していて、軒先に素敵な植物やおしゃれな園芸用品が置いてあるのだけど、この日はグレーの背景に沈み込んだような印象だった。

この日開催されたのは、辻文栄さんのチェンバロリサイタル「イタリア古楽花伝」vol.3 マカロニ・セバスティアン。なぜこんな愉快な副題がついたかというと、今年のテーマは「J.S.バッハの鍵盤音楽におけるイタリアの影響」だから。え?マカロニ?と不思議に思う方は「マカロニ・ウエスタン」を検索されたし。

バッハが活躍していた時代のイタリアは音楽の先進国。現代のように瞬時に海外の音源や楽譜が手に入ることはないにしても、熱心に他国の音楽の動向を探ったり、手に入れた資料をもとに研究を重ねる音楽家はいる。バッハも縁あってイタリア音楽の楽譜を手に入れ、熱心に研究し自分の音楽の血肉とすることに成功した。ヴィヴァルディやマルチェッロ、アルビノーニなど当時のイタリアの代表する音楽家の作品に触れ、その経験がブランデンブルク協奏曲など、のちの有名作品につながっていったのだという。

バッハ先生が見守る中での演奏会

今回の曲目は、バッハの作った曲の中でもイタリアの影響が強く見られるもの。

  • 協奏曲 ハ長調 BWV976

  • アルビノーニの主題によるフーガ ロ短調 BWV951

  • イタリア風アリアと変奏 イ短調 BWV989

  • 半音階的幻想曲とフーガ ニ短調 BWV903

  • トッカータ ホ短調 BWV914

  • チャッコーナ ト短調 BWV1004

  • イタリア協奏曲 ヘ長調 BWV971

イタリアの天才とドイツの天才がかけ合わさると、とんでもない作品が生まれるのだなあ、とキラキラ光るチェンバロの音色に聞き入りながら感嘆していた。チェンバロはまさにバッハの時代に最盛期を迎えたので、調律は純正律を応用したもの。要は5度とか4度の和音が濁りなく響く。だから倍音が豊かで、実際の音量以上に大きな音に包まれている感じがする。それだけでなく、バッハの曲は音符の数が異様に多い。もちろん持続音が苦手という楽器の特性もあるのだが、特にフーガになるとテーマとなるメロディや装飾音が入り混じって、弾幕系シューティングゲームを連想してしまう。しかもルナティックモード。雨のように降り注ぐ音の弾幕。かと思えば、最後のアンコールで登場したゴルトベルク変奏曲はしみじみと美しい絶品で、大げさな物言いになるかもしれないが、今の時代までこの美しい音色を奏でる楽器が残っていること、この楽器の魅力を最大限に引き出す奏者さんがいることには感謝しかない。

日本の工房で製作された1998年製のチェンバロ。デザインが素敵すぎます。

演奏者の辻文栄さんは、まだ若くてチャーミングな方。でもこの暑さの中での公演は大変そうで、前日、神戸の教会での公演では熱中症になりかけたとか。日程を組んだ時点では、まさか日本各地で最高気温40度超えになるとは予想もしなかったでしょう……。しかし、聴衆としては休憩代わりのMCが面白くて、ずいぶん得をした気分だった。

そもそもの出会いは、2年前に知り合いの方に声をかけていただいたこと。その時はオーケストラ仲間である友人と来たのだが、今年は諸般の都合で一人での参加。もともと日頃からコンサートや美術館は一人で出かける派で、それで特に不便もなかったのだが、今回は皆さんお知り合いのようで、開演までの待ち時間や休憩時間に、近況報告や雑談など和やかにおしゃべりされていたので、そういうのもいいなあ、誰か誘えばよかったと少し後悔した。

実は最近、「感想を語り合う鑑賞」に触れる機会が多く、何か良いものや素敵なものを見てあーでもないこーでもないと語り合うのも楽しいかなと思い始めている。昔は自分の感じたイメージが壊れるのが嫌で、感想をあえて他人と語り合おうとは思わず、ひたすら文字にして打ち込むことが多かったのだが、昨今は互いのイメージを尊重しつつ感想を披露する流れが出てきたので、乗ってみたい気分ではある。

2年前に「古楽花伝」vol.1を聞いたときの話がコチラ


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