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びおら弾きの哀愁 4

ビオラ弾きはどのようにしてビオラ弾きになるのだろう。これはなかなか興味深い問いである。というのも、子供用のビオラは存在しないからだ。

バイオリンについては、周知のように子供の身体の大きさに合わせて1/4サイズや1/2サイズなどを選べるようになっている。チェロにも子供用サイズがある。ビオラはどうするのかと言えば、ほとんどの場合、成長したバイオリン奏者がビオラに転向する。掛け持ちで弾く場合もある。(バイオリンとビオラが一緒に収納できる楽器ケースは、専門店へ行けば普通に売られている) もちろん例外もあって、学生オーケストラでビオラとして入団すれば、幸運にも最初に触れた弦楽器がビオラとなるわけで、弾き方の基礎はすべてビオラを通じて学ぶことができる。なぜ幸運かといと、以下に述べるような転向にともなう障害はほとんどない……はずだからである。

バイオリンとビオラは、基本的な奏法が同じで、掛け持ちが可能なのだが、簡単にバイオリンからビオラに変われるかといえば、楽器の大きさと音域の微妙な違いが引き起こすやっかいな壁を超えなくてはならない。

まずピッチ(音程)。バイオリンよりも指板が若干長いため、指の間隔を弾き慣れた幅から微妙に広げなければならない。うっかりバイオリンを弾いているつもりで弦を押さえると、もれなく狂った音程が出る。バイオリンとビオラを持ち替えるたびに指を広げる間隔まで完全に切り替えることができたなら、見事な両刀使いになれるが、その境地に達するまでが長い。

もう一つは記譜の問題(これも最終的には音程に影響してくる)。音域的にバイオリンとチェロの間をゆくビオラは、ト音記号やヘ音記号を使うと、上下どちらかの加線が多くなりすぎて、どうにもうまく収まらない。そこでビオラ用にハ音記号なるものが登場する。これは五線譜の真ん中の線をハ音(ド)と読ませる記号で、ト音譜表では下線一本+◯で表されるおなじみのドが、ハ音譜表ではど真ん中の第三線上に存在するドと同じ音高になる。そうすることで、ビオラで使うほとんどの音が五線の中におさまる。

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ハ音譜表はビオラの音域を表すにはとても便利な一方で、馴染みのない譜表なので、ビオラを始めると誰もが戸惑う。ト音譜表上ではシの場所にある音を、ハ音譜表ではドと読むので、読み間違えを起こしやすく、ビオラの初心者がうっかり楽譜をト音記号で読んでしまって、一人だけ違う音を出していた、なんてことは日常茶飯事。よくビオラは音程の悪さがジョークのネタになるのだが、モゴモゴの音質+持ち替え組の微妙な音程+読み間違い、の三重苦のせいではないかとひそかに思っている。

この二つの大きな壁を乗り越えてまで、華やかなバイオリンからわざわざ存在感の地味なビオラへ転向してくる人たちがいるわけだが、どんな理由があるのだろう。

例えば、所属している楽団でビオラが足りないからどうしても変わって欲しいと頼まれる。これはよくある。あるいは、身長、性格その他総合的な判断でバイオリンの師匠からビオラを薦められる。これも普通にある。あとは数少ないけれど「ビオラの音色ってイイねー、バイオリンはもう飽きたわ」という、求道者のごとく自ら茨の道を歩きたい組。

面白いことに、どんな理由であれビオラを選ぶ奏者は、ビオラ弾きに特有の性質を大なり小なり持っている気がする。自虐癖があったり屈折していたり、マイペースだったり。例えて言うなら、好んで日の当たらない道を歩きたがり、それを嘆きつつ誇りにも思う性分とでも言おうか。もちろん、あくまでも個人的観察の範囲内なので、例外的なびおら弾きもいるはずだが、賛同者は少なくないと思う。思いたい。


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