見出し画像

日本史論述チャレンジ課題・戦後

今回は、戦後のチャレンジ課題をお送りします。

以前にも書いたとおり、私は歴史の〈流れ〉という言い方が好きではありません。流れゆくものに学ぶべきことがあるとは思えないからです。

それよりも、一筋縄では行かぬそのごわごわした手触りを大切にしてほしい。その方が、歴史の面白さを飽きることなく感じられて、学び続けることができるでしょう。

そういう思いで、授業でこの「チャレンジ課題」を生徒にぶつけています。ときに自分でも結論の出ていない問いもあるのですが、答案を見ながら新しい着想を得るのもまた愉しいです。

皆さんも、教科書や資料集を手に、問いの世界にどっぷり浸かってください。


〈問題〉

1.
連合国による日本の占領方式と当初の方針について説明しなさい。

2.
GHQが寄生地主制の徹底的な解体を求めた理由を説明しなさい。

3.
傾斜生産方式の内容と結果について説明しなさい。

4.
講和の方式や講和後の安全保障のあり方をめぐる論争について説明しなさい。

5.
革新勢力が安保改定に反対した理由を、新安保条約の内容に即して説明しなさい。

6.
開放経済体制について具体的に説明しなさい。

7.
1960年代後半に沖縄施政権返還交渉が進展した日米双方の思惑を説明しなさい。


〈解答例〉
1.
連合国は占領当初、民主化と非軍事化を進めて日本が再び世界の脅威とならないよう無力化することを目指し、GHQの指令・勧告に従って日本政府が改革を実施する間接統治の方式をとった。

2.
戦前には寄生地主制の下、小作人が地主に高額な小作料を物納する形で隷属関係が固定化しており、そのことが労働者の低賃金と相まって国内市場を狭め、東アジア侵略を目指す構造が生み出されたと考えたから。

3.
資金・資材を鉄鋼・石炭などの主要基幹産業に集中させる方式で、これにより鉱工業生産は回復したものの、復興金融金庫を通じた資金供給によって財政赤字が拡大するとともに、インフレを助長する結果を招いた。

4.
革新勢力が東側陣営を含む全ての交戦国との全面講和を主張し、再軍備に反対し独立回復後の中立堅持を求めたのに対し、保守勢力は西側陣営とのみの単独講和を主張し、安全保障をアメリカに依存する道を選択した。

5.
米軍が極東に出動する際の国内の基地の使用が認められ、日本の防衛力の強化と両国の共同防衛行動が明記されたため、革新勢力は日本がアメリカのアジア戦略の下で全体戦争に巻き込まれる恐れがあると主張した。

6.
資本と物資の自由な対外取引が認められた経済体制で、GATT11条国移行とIMF8条国移行により国際収支を理由に輸入制限や為替管理が禁止されるとともに、OECD加盟により資本の自由化が義務づけられた。

7.
ベトナム戦争が開始されると、沖縄は出撃基地として利用されたことから祖国復帰運動が高揚した。こうした中、戦費の膨張で財政難に陥ったアメリカは、沖縄返還を進めて運動の鎮静化と日本へのコスト負担の転嫁を図ろうとした。


いつもありがとうございます。日々の投稿の励みになります。