12月16日 木

喫茶ゴゴでの朝食を済まし、ミシマ社で夕方まで働き、映画を観に行こうかとも思ったけれど、大人しく家に帰って、リチャード・フライシャーの『見えない恐怖』をプロジェクターで壁に映した。なかなか面白い映画であった。U-Nextで配信されている(2021.12.16現在)。ウディ・アレンのかつての恋人とも知られるミア・ファローが演じるのは、郊外の叔父の家とみられる場所に帰ってきた盲目の女性である。彼女が留守の間、この実家に殺人犯が押し入り、家族が全員殺害される。そこに帰ってきたミア・ファローは盲目なので、家族が殺害されたことなど知る由もない。家族が留守だと思い、いとこの死体の横で眠りに付き、翌朝は叔父の死体が入った浴槽にお湯を溜めようとする。やがて家族が殺害されたことを知ったミア・ファローが自分の身を守るべく、盲目ながらに奔走するとうい物語。

この映画で素晴らしいのは、観客に明確な犯人像を与えまいとする技術である。映画の冒頭から犯人がたびたび映し出される。それは手元と足元をフレームで切り取ることに徹しており、サスペンス的な、或いはサイコホラー的な、もしくはスリリングな謎を観客に提示する。そして犯人のトレードマークともいえる星のマークのついたブーツも象徴的である。顔もわからない不明瞭な人物に対して分かりやすいマークを与えることで、観客の中でその犯人像はマークとして確かなものになってゆく。フライシャーのこの技術は見事であった。

クライマックスにて、ミア・ファローが入っている時、ついに彼女は犯人と対峙する。存在に気が付かれた犯人はミア・ファローを溺死させようと湯船の中に押さえ込み、もちろんミアはこれに必死に抵抗する。この映画でいちばん緊張感が高まるこの映像、とてもニヤニヤしてしまうのだ。別に変な理由ではなく、映画的なリスペクトが感じられたのである。つまり、ヒッチコック『サイコ』に対するオマージュがあった。確かに、『サイコ』での殺人シーンは、女性がシャワーを浴びている際に、男が風呂場に入ってきて、女性を刺殺する。『見えない恐怖』では浴槽での溺死だ。その違いはあるが、風呂場で殺人行為、テンポの良いモンタージュ(別の映像をつなぎ合わせる映画的技法)を用いたスリル感のある映像は、紛れもなく『サイコ』のオマージュである、と僕は思っている。

それはともあれ、ミア・ファローは、床に散らばっているガラスをギリギリで避けるという高い危機回避能力と、見えないのにズンズンと進んでいく高い空間把握能力をもつ。一家の殺戮に気がついてから、逃げるべく家の中を走り回るミアは、家具にぶつかり、階段から転げ落ち、馬で疾走していると木の枝に引っかかって落馬をし、最後は廃坑のような場所の斜面を滑り落ちる。さすがに落馬シーンはスタントマンを使っていると思うが、斜面を滑っていくのは確かにミアであったし、めちゃくちゃ体を張った演技も見どころである。あらすじで楽しみ、技術でのもう1回楽しい。映画の娯楽性、芸術性がバランスよく調和した1作だったように感じる。

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