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栄冠よ、君にかがやけ

学生時代の話です。

クラスで隣の席になったS君。白いTシャツのよく似合うすらっとした爽やかボーイでした。私たちはすぐに打ち解け、いつも学校のそばのファミレスで試験勉強をしたり、くだらない話をしたりしていました。

ファミレスで「S君は学校に入る前は何してたの?」と何気なく聴きました。彼の年齢も知っていましたし、彼が高校を卒業して少し回り道したという話をなんとなく聴いていたからです。

「あー予備校だよ。」特に聴いちゃまずい話でもなさそうだったようで。
S君は続けました。

「でも俺の場合、変わってるよ。だって『野球予備校』だから。」

「野球予備校!?な、なにそれ?」私はいっきに興味を惹かれました。

「いろんな事情で野球できなくなって、それでも野球どうしてもやりたいって奴、全国にいっぱいいるのよ。そんな人たちが集まる学校。」

「その『いろんな事情って?』」

「大学の野球部に推薦で入ったけど、シゴキや体罰がきつくて辞めたとか。監督さんとソリが合わなかったとか。女とかパチンコにはまっちゃって退部したとか。
……スポーツ推薦てさ、大抵学費優遇されてるから部活クビになっちゃうと大学も辞めないといけないんだよね。
そういう人たちが野球あきらめきれなくて、でも練習するとこもないじゃん。そこの予備校行けばさ、練習場とかあるし、似たような境遇の奴らもいっぱいいるから練習相手にも困らないじゃん。そういうとこ。」

「そういう人たちって、プロ野球目指すの?」

「そんな甘かぁないよ。だって直でプロ行けた人みたことないし。年に何回か社会人野球とかノンプロの関係者が見に来てくれるとかいうコネがあって。社会人行って、まぁ……うまくいけばプロ行けるんじゃない?あと他の大学の野球部とかさ。」

育成契約も、独立リーグも、地方大学リーグも、市民球団も、ましてや海外マイナーリーグなんて選択肢すらなかった時代。わずかな可能性を信じてプロ野球を目指す人たちがいたんだな、と私はかなり驚きました。

「俺さーこれでも埼玉では結構いいとこまでいった左ピッチャーだったんだよね。でも高3の大会終わってから、大学推薦もらえるかな~と思って、ちょっと遊んでた時にさ、これ。ガラスに突っ込んじゃって。」

S君の左腕の傷を見せてもらった。結構長い縫い傷があった。

「そんで、大学のセレクションとか、まともに受けられなかったし、まぁ投げられるまでそこそこ時間かかるだろ、とか言われて。それで「リハビリしながら野球できるよ」って甘い誘いを受けてさ、そこ(予備校)に入ったわけ。」

「ここにいるということは、その、予備校、あんまり上手くいかなかったんだ?」私はできるだけ言葉を選んだ。

「まぁ、そういうこと。俺、あきらめ悪い方でさ、結構粘ったのよ。練習もまじめに出てたしさ。」

「練習きつかったの?」

「山の中の合宿生活でさ、俺みたいのが200人くらいいるわけ。」

「200人⁉」夢追い人がそんなにたくさんいるなんて!まるで虎の穴ぢゃない!?

「朝7時から夜9時まで練習しててさ、毎日どんどんいなくなっていくのよ。人が。朝起きたら部屋に俺以外全員いなかったりね。だから『プロになりたい』とか『夢追ってる』みたいなこと簡単に口に出すけどさ、練習とか集団行動とか苦手な奴大勢いるのよ。そういう奴らはね、はっきり言って無理。長続きしないね。」

「それでS君にはいい話、あったの?」

「なーんもなかった。練習に耐えて最終的に残っただけ。最終的に残ったやつで社会人野球行けたのが5人だけ。それにさ、俺すげぇもん見てさ。一気に醒めたんだよね。」

「すげぇもん?」

「あのさ、『A』ってプロ野球選手知ってるだろ?」

「知ってるも何も、〇リーグのバリバリの一軍レギュラーじゃない。」

「あいつがさ、俺と一緒に最後まで残ったひとり。
あいつ、大学の野球部で先輩から壮絶なイジメ受けてさ、それで大学辞めてそこ入ってきたんだよ。入った時から周りとぜーんぜん違ってた。練習の質、量、センスどれをとっても群を抜いてたね。
でさ、噂聴きつけて社会人の監督さんが試合見に来てくれた時、もう一人良さげな奴がいて、『どっちかうちに入って欲しいけど迷っているから試合で結果出した方ねー』、なんて言うから。」

「で、その『A』は4打数4安打。もう一人のやつはプレッシャーに負けて4タコ。」

「へー本番に強い人だったんだね。」

「で、『A』は社会人チームに行ったわけ。同期で数少ない生き残りだけどさ、俺らからすればむしろ当然の結果だったのよ。
その後さ、その社会人チームにプロのスカウトが見に来ることになって、またほかの選手と天秤になってどっちがいいか試合の内容で決めようってことになったらしいのさ。」

「また⁉それでそれで?」

「『A』は5打数5安打。比較対象のやつはもちろんノーヒット。それで『A』はドラフトにかかってプロに行った。それ見てスパっと野球あきらめたよね。
プロに行く奴ってさ、実力はあって当たり前、努力が平気でできて、それでいて本番にめっぽう強い。何回試練があろうがふつうに乗り越えていく。1度きりのチャンスをモノにできる。そういうのが「ある」んだよ。
俺には「無い」な、と思って簡単にあきらめついたよね。それでバイトして金貯めてこの学校にきたってとこかな。多少は回り道しちゃったけどさ、まぁーいいもん見られたよ。」

「へー、すげー。でもさ、一発勝負で人生決まっちゃうのってなんかヤだね。」私はなんとなくS君に言ってみた。

「俺ら野球やってる人間はさ、そもそも負けたら終わりの一発勝負ルールでずっとやってきたんだよね。だから、俺みたいにあきらめきれない奴も出てくるし、そのルールで結果出せないなら、あきらめつくって奴も多いのよ。」

高校野球人口は15万人いるとのことですが、大学でも野球をする人口は3万弱にまで減るそうです。多くの球児は高校を最後に野球を引退し、それぞれの人生を歩みます。

負けたら終わりのノックアウトルール。だからこそ最後の夏、甲子園は観ていて切なくなるのでしょうね。

プロ野球NPBの選手は900人前後で、毎年100人前後が入れ替わる厳しい世界。

狭き門をくぐり抜け、チャンスをつかんだ人がいる一方で、夢破れる人たちもたくさんいます。
プロ野球選手は野球小僧たちの夢、希望、憧れ。

プロ野球選手はいろいろな想いを背負って、今日もグラウンドで躍動していることでしょう。

全国の野球小僧たちの努力を讃え、心よりお伝えしたい。
「栄冠よ、君にかがやけ」と。

S君はいまでは立派なおじさんですが、野球で培ったど根性と努力で、社会の第一線で活躍されています。

S君、学生時代はたくさん話をしてくれてありがとう。君にも栄冠がかがやきますように。

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