ミッドサマー観てきました(ネタバレ感想)
ようやく、話題のミッドサマー観てきました。
前作「ヘレディタリー」がかなり怖かったし、去年からツイッターで話題だった映画なので、どれだけ怖いのか、日本での公開をすごく楽しみにしていました。
でも、観終わったあと、正直「あれ?」って思いました。
怖くない…?
ミッドサマー、怖くない?
見る前に覚悟してた怖さが全然なくて、戸惑いました。
でも、怖くないのはおかしいんです。
だって、人間が殺されて(もしかしたら生きたまま)皮を剥がされて食べられてるんですよ?
72歳になったら崖から飛び降りて死なないといけないし、ラクガキを聖典としてるし、最後クマの皮着せられて燃やされるし。
もう本当、ホルガの村はとんでもない恐怖のカルト集団で、それがちゃんと映画で伝わるのに、「あまり怖くない」って感じてしまうんです。
私みたいに感じた人、結構いるんじゃないでしょうか。
たぶん、この「違和感のある怖くなさ」が、監督がこの映画でやろうとしたことなんだと思います。
ヘレディタリーには王道の怖いシーンがたくさんあったので、怖くしようと思えばいくらでもできたはずなんですよね。だから、監督はわざと怖くないように作ってるんだと思うんです。
この映画が怖くない理由って
・嫌がる人を無理やり殺すシーン
・主人公側の人間が自分のピンチに気づいて怯えるシーン
このふたつの場面を観客が見てないせいだと思うんですけど(※ラストを除く)、これって主人公のダニーも、まったく同じなんですよね。
ダニーが感じている、ホルガ村への感覚を、私たち観客も感じさせられている、そんな気がしました。
さすがに観客のほうは、ダニーよりはホルガ村の恐ろしい部分を知っているので、「ホルガ村最高!」とは全然なりませんけどね。
観客の感覚は、「そこまで仲良くない大学の女友達が、なんかサマーキャンプでカルト宗教に入っちゃったんだけど…」って感じだと思います。
”カルト宗教の怖さに触れて、それから必死で逃げようとするストーリー”だと思って観に行ったら、カルト宗教のメンバーは「怖さ」を隠し続け、見せても「これは違うから!」と誤魔化し続けて、ついには主人公がまさかの入信ENDという、とんでもない映画でした。
これはダニーにとって、ハッピーエンドなのかバッドエンドなのか…
私はこれは、バッドエンドだと思っています。
カルト宗教に入ってしまったからじゃありません。
このホルガ村の「一体感」が、形だけの表面的なもので、村の人間でさえ最期にはそのことに気づいて、心が孤独なまま死ぬのが、この映画のなかで描かれていると感じたからです。
最初に崖から飛び降りた72歳の男女、このふたり、食事のとき震えて(緊張して?)いましたよね?
最初は、”飛び降りで即死しないと生まれ変われない”みたいな伝承があって、そのことに緊張しているのかなって思いました。村人が飛び降り失敗したときにものすごく嘆いていたので。
でも、映画が進むにつれて、この村人の嘆きが「誰かが苦しむと、自分たちも同調して一緒に苦しむ」というルールなのが分かってきました。
つまり、「飛び降りで即死しないと生まれ変われない」って伝承はないんです。それなら別に、72歳の男女は怯える必要はないはず。
だって村の伝承では「生まれ変われる」んですよね?
それを信じきっているなら、恐怖は小さいはずです。失敗しても一緒に苦しんでくれる「家族」がいますし。
それでも72歳の男女が震えているのは、「死」が怖く、「痛い」のが怖いからです。
当然のことなんですけど、大事なのは「主人公たちではなく、ホルガ村の人間にそういう描写がある」ってことなんです。
ホルガ村の人間だって、ただの普通の人間なんです。
理性を完全に捨てることはできないんです。
だから、最期の最期、いざ自分が苦しんで死ぬその瞬間に、自分がホルガ村という集団の一部ではなく、ひとりの個別の人間だってことに気づいてしまうんです。
ラストのクリスチャンと村人が焼かれ死ぬシーンでの村人の描写って、そのことを示してるんじゃないかと私は感じました。
そして最期にようやく、自分の本当の叫び声をあげたと思ったら、その声は嘘くさい演技まる出しの他の村人の「嘆きの声」にかき消されてしまうんです。それがかなり嫌だと私は思いました。
村人の、嘆きをオーバーにマネするとこ、かなり苦手です。きつい。
それと、これも当たり前なんですけど、村人の信じている宗教は、オカルト的なパワーはまったくないんですね。
前作ヘレディタリーでは、オカルトは存在してたので、ミッドサマーではどうなのか気になってたんですけど、わりとハッキリと「ない」って描かれてると感じました。
マヤの恋のまじないは、それ自体は効果がなかったですし、ラストシーンで「痛みは感じない」とかいって村人が何か食べさせましたけど、まったく効いてなかったですよね?
これもまたホルガ村の絶望的なところで、彼らが「良くなる」と思って信じてやっていることが「ハッキリ無意味」だって映画内で描写されてるんですよね……
ヘレディタリーみたいにオカルトが実在してれば、まだ救いはあったのかもしれないんですけど、この映画ってある意味ものすごく現実的なんですよね。
誰かとの「本当の絆」を求めて、依存して安心したいダニーには、ホルガ村って絶対に選んじゃいけないところだったんじゃないかって、私は思いました。
もちろん、どんな場所にいたって今まで誰と一緒にいたって、人はひとりで孤独に死ぬわけですが、そうならないと信じてホルガ村の一員になるなら、最期の瞬間は余計にきついですよね。
生贄の村人ふたりは一緒に死んだのに、最期の瞬間めちゃくちゃ「個別」でしたからね。他人!って感じでしたね。
だからこの映画は バッドエンド だと私は思います。
とにかくこのホルガは、「集団のために個人の意思を抹消する村」で、クリスチャンなんてまともに動いて叫ぶこともできずに生きたまま燃やされたのが本当にかわいそうでした。
最期の断末魔すら、まともにあげさせてもらえないなんて…
私の感想はこんな感じになります。
映画を一度見たきりなので、もしかしたら覚え違いをしてる部分もあるかもしれません。そうだったらすみません。
他のひとがこの映画でどう感じたのか、すごく気になります。
まだ他の人の感想は見ていないので、投稿後に見てみようと思います。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
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