リキッドライティングのすゝめ-ジェネ系VJを断念した君たちへ 前編
自己紹介
ご挨拶ね
お世話になっております!!!
私、都内で映像の制作進行をしながらVJをしている、Mitsuakiと申します。
以前はnzm_abracadabra(なざむ-あぶらかだぶら)という名義で活動をしていましたが、今年2月に自身のVJとしての転機があったこと、nzm_abracadabraという表記が初見で読めないことがつづいたので現在は本名を用いてMitsuakiとして活動しています。
活動実績について
普段は渋谷PARKBEATSや下北沢PARA CLASSICといった、
他ジャンルを網羅するクラブイベントでレギュラーVJとして活動する傍ら、
過去にはCountDownJapanでKEYTALK様の映像オペレーションを担当したり、先日より告知を始めましたが5月に開催を控えているJapanJam2024のDJ和様のDJアクトの映像演出を担当させていただいたりと、
大変ありがたいことに機会に恵まれているVJだと常日頃感じております。
intro 桜逢祭とは
さて、もっぱら読む専のnoteユーザーである僕が今回記事を執筆することになったイベントの話をさせてください。
東京都は奥多摩の廃校を改装した施設、OKUTAMA+にて開催された、
第2回桜逢祭に先日出演してまいりました。
「学校施設でのオールナイトDJイベント」という魅力的なシチュエーションのもと、飛び交う酒、グルメ、サウナ、DJ、大人の娯楽と学校の校舎というロケーションが噛み合い、唯一無二の魅力を発信し続ける、そんなイベントの第2回にありがたいことにお声がけいただき出演いたしました。
実は昨年も出演していましたが、その時はパッチワークチームのフロアのヘルプとしてお呼びいただいた記憶があります。
去年と明確に違う点としては、
マイメンがいっぱい出演していて昨年ほど寂しい思いはせずに済んだこと(去年ももちろん楽しかったですよ!)
自分のVJシステムにオプショナルの要素が加わったこと
それに伴って教室から音楽室へのアサインされたこと
サウナが2時間から3時間になった(くそおおごと)
ギャルみてえなのがちらほら居て幸せだったこと(真剣おおごと)
などがありました。
停滞の様相を見せず、前回より更なるアップデートを重ね期待を遥かに超えたイベントづくりに取り組んでくださったspacetime様を始めとした運営スタッフの皆様に、この場を借りて改めて深く御礼申し上げます。
ビガップ!!
前置き(自分語りなのでスキップで大丈夫です)
自己表現の限界
一昨年の11月ごろ、ぼくは一つの悩みを抱えていました。
それはVJにおける自己表現の限界についてです。
最近でこそよく見る傾向にありますが、
僕はmotion arrayやartlistといったサプスクリプション制のフッテージサイトでAeのテンプレートを用いて作成したロゴモーションをVJに落とし込むという方法でプリレンダリング系のVJとして活動をしていました。
情けないことに、現役バリバリのデザイナーと比較するとAeに膨大な知見があるわけではなかったので、借り物のテンプレートを用いて素材を作成することで他のVJの方との差別化ないしは土俵に立てるように奮闘していました。
ただまあ、そんな付け焼き刃がずっと通用するわけもなく、
デザイナー兼業VJの方は緻密なモーショングラフィックスや画使いでバンバン前に出ていくし、AIの台頭により演出の幅は広がり、
コードが書ける人はNotchやらUnityやら、TouchDesignerやらで
オーディオと連動するビジュアライザーを生成したりと、
もういよいよお腹が痛くなっちゃう事態に陥りました。
また欲張りなもので、
ただ映像が出せるだけでよかったという地点を超えると、
今度は他の人とは違うことをしたい、で
もコーディングするような技術はない、
でも何かやりたいという、
いやな自分の1面が顔を覗かせるようになりました。
没個性との向き合い方
以前、かつて南平台町にあったクリエイティブコミュニティ渋家に居住していた際に渋家株式会社(現:渋都市株式会社)のYAVAOさんと作家性についてお話しする機会がありました。
どんな演出を目指したい聞かれた際、当時のぼくはそこまで自分の演出にこだわりを持っていない(≒作り方、成り立ちをわかっていない)
人間だったせいか立ち振る舞いや言動も非常に低俗なものでした。
ん〜まあノイズが適度に乗ってたらかっこいいですよね〜みたいな、
気怠い返答がかっこいいと思ってる、みっともないシャカマの猿でした。
そういった曖昧な返事をヤバさんに返したところ、作家性は今後活動する上ですごく大切だから、見つけられるようにいろんなものを吸収する癖をつけるといいよね、という話をされた記憶があります。
そこから数年が経ち、作家性から目を背け続けてありきたりなVJで承認欲求だけを満たし続けてたツケが一昨年になって訪れ、ちょうどそのタイミングで病気を抱えたこともあり、進退について真剣に考えるくらいには活動に懸念が生じていました。
作家性とは、端的にいうと「その作家らしさ」「アイデンティティ」みたいな意味合いでよく取られますが、
こちらの記事では「作家性」を紐解くために「作家≒作者」という概念から紐解いていく解説をしていました。
建築に関わる内容なので読み解いていくのに時間はかかりますが、すごくわかりやすい解説をされていました。
色々悩んだ上での結論から言うと、人様のこさえた映像を拝借している限りはどこかで演出がかぶることはあるだろうし、他人の褌で相撲取ろうとする姿勢を取っている限りは作家性だの個性だのが身につくのはとても先の話なんだなと考えるようになりました。
要は原点回帰で、自分でものを作る必要があると考えました。
ジェネ系の定義とは
VJの技術的な視点から分け分けすると、
事前に作成した映像素材を再生するスタイル「プリレンダリング系」のVJ と、映像ファイルではなくGLCLやTouch Desinger等でリアルタイム、その場で出力した映像を使う「ジェネレート系」と呼ばれるVJの2つに分類できます。
言うまでもないですが、このジェネ系VJ、10数年ぐらい前から存在はしていたもののより明確に現場で見るようになったのはここ2、3年な気がします。
XRデバイス、インタラクティブ、AI生成などの技術改革によって表現の幅が広がったことが、より目につくようになった要因だと思ってます。
すごいですね!
ただこういった技術をゼロからラーニングするには環境や時間等も踏まえると中々手を出しづらいと感じるのが正直なところではないかと思います。
より感覚的に、尚かつこだわりを持って取り組める、そんな演出はないものか手探りの日々が続きました。
ドームシアター演出とリキッドライティングのきっかけ
一昨年の11月、新しく入社した会社で、プラネタリウムドームでのVJ演出というプロジェクトにアサインされました。
初期提案のためにイマーシブシアターやVRライブなどの演出を研究する中で、1つの興味深い映像を見つけました。
通常、プラネタリウムでのドーム演出において映像(厳密に言うと連番ですが)の形式は2つに分けられます。
ドームの天頂部分を中心に視野180度の範囲を魚眼レンズで撮影したように円形状に映像をマッピングする形式「ドームマスター形式」と、
球の表面をパノラマ用に円筒に広げた形の「エクイレクタンギュラー形式」
この2つに分られます。
上記の映像はドームマスター形式の中に液体が注ぎきまれるといった映像で、実際に施設で投影してみるとかなり幻想的でした。
その上で、
これリアルタイムでやれるんじゃねえか?
と思ったのがリキッドライティングに手を出したきっかけでした。
図解:これがリキッドライティングです
リキッドライティングの概要
光源の上に透明度の高い容器、主に皿やシャーレを置き、その中にインクや油、液体を注いでスクリーンに模様や水の揺らぎを投影する手法、これがリキッドライティングです。
ここで言う光源は現在に至るまでOHPと呼ばれる古典的、クラシックなプロジェクターを用いることが基本とされてきました。
ただ、OHPを大規模な興行施設にて使用することはかなり現実的ではないのが現状です。
理由として、
機材自体が大きい為、頻回に持ち運ぶことができない
本来の使い方は講義講演における書類の拡大にあるので、大規模な会場で使用しても視覚的な満足度が得られない
生産が終了しているモデルが多く、光源内の電球が切れた際は相当血眼にならないとリカバリーできない
など、実際に扱うにはかなりハードルが高いのが現状です。
そこで僕が当初考案したシステムはこちらになります。
ごめん
ちょちょちょっと疲れたのでここで一旦区切ります
後半はまた来週ぐらいにあげます
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