小料理屋書評シリーズ!井上智洋『MMT 現代貨幣理論とは何か』その4 この本もうやめ!読むな!

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おかみ えっと。前回までのまとめとして、この本は「デフレ不況とそれに伴う政府支出の出し惜しみによって」さまざまな悪いことが起こっているというビュー、そして、どうやら、「お金を作っているのは銀行」というビューが貫かれているという感じがすると。で、そういうのこそ「主流ビュー」じゃんというにゅんさんの論評があったと。

にゅん うん。加えて「民間債務をなぜか軽視する」傾向もあったと。万年筆マネーのところとか。

おかみ それはもうお腹いっぱいだよ。じゃあもう第二章「貨幣の正体-お金はどのようにして作られるのか?」の後半に行こうよ。残る項目は四つかな。
 ・二種類の貨幣とブタ積み
 ・貨幣は債務証書
 ・貨幣と国債は親類
 ・あなたも貨幣を発行できる

いちばん長いのが最初のこれだね。図もあるし。

「二種類の貨幣とブタ積み」の節

(一同、読む)

にゅん みんな読んだ?

おかみ 読んだ。

にゅん ちょっとこれは無いんじゃないかなあ。ひどすぎる。

大将 これは。。。

おかみ うーん、まあ、確かににゅんさんがいつも言っていることとだいぶ違う。なんとういうか、すごく大事なことがまるっきりすっ飛ばされている感じがするわね。でもあたしじゃうまく言えないから、ちょっとにゅんさん解説してみてよ。

にゅん とても気が進まないけど。。。

大将 さすがにオレもそう思う。著者はMMTの論理をぜんぜんわかっていなかったってことが明瞭になるところだね。 

にゅん そうなんだよ。で、その人が「本書は恐らく、日本のマクロ経済学者が書いたMMTに関する初めての本格的な書籍になるはずです」と前書きで胸を張っている。いやこの書き方のいったいどこが「本格的」なんだ??ってことだよね。にゅんに言わせれば、学者だからこそ「本格的」なやつなんて書けるはずがなかったんだけどさ。そりゃもう、よく訓練されてるから。

おかみ わかったよ。じゃあ、悪口コーナーは別に作るからさ、論理的にやってみよう。

にゅん おし。まず、この節で何が書かれていたか。大将まとめてみてよ。

大将 まず、二種類の貨幣についての話をして、いわゆるQE(量的緩和)の話につなげているね。まず、

『二種類の貨幣があると。まず、世の中に出回っているお金、つまりマネーストック(MS)というのがある。預金と現金の合計だ。もう一つ、マネタリーベース(MB)というのがある。これは準備預金と現金の合計だ。』

次に、QEについてはこのような書き方だ。

『日銀の量的緩和(QE)、つまり国債買い政策はマネタリーベース(MB)を増やすことによってマネーサプライ(MS)を増やそうという政策だったが、実際にはMBを劇的に増やしても肝心のMSはあまり増えなかった。』

おかみ 事実の話だね。

にゅん MMT的に見れば、こんな政策がそもそも有効なわけがない。だから彼らはずっとこんなバカなことはやめろと言ってきたんだ。有名な話。

大将 ところがこの筆者はそのことには一言も触れず、自分の意見を書いてまとめに入る。

実際に、一九九九年のゼロ金利政策導入は、図2-11のようにマネタリーベースの増大率が劇的に高まっても、マネーストックの増大率はほとんど影響をうけず、およそ二パーセントの低位安定状態にありました。これを私はマネタリーベースとマネーストックの「デカップリング」と呼んでいます。

にゅん 大将、これ意見ですらないでしょ。QEなんて効かないというMMT的な説明はでなく、自分はその現象を「デカップリング」と言うよと言っているだけ。MMTじゃなくてもふつうに考えれれば銀行の国債を準備預金に「両替」させたところで何か起こるわけないじゃん。その分が超過準備になるだけだから。そもそも有効な理由がない。

大将 筆者はこう書いているね。

これは「超過準備」(あるいは俗に「ブタ積み」と言われています(図2-12)。無駄に積まれたお金と見なされているからです。この超過準備(ブタ積み)の存在こそが、デカップリングが生じた原因と考えられるでしょう。

おかみ これはあたしにもわかるくらい変だね。だって、MBを増やしてもMSが増えないってのはすなわち超過準備が増えましたということよね。筆者はそうした状態に「デカップリング」というカッコよさげな名前を付けた。で、何を言うかと思ったら、デカップリングの原因は超過準備の存在なのだと。トートロジーじゃん。論理的な話ができない人だね。。。

大将 いや恒真だから非論理とは言えない。

おかみ やめなさい。意味ある話ができないのかって意味!

にゅん まあそれでも、MMTの本なんだから次には「QEが無効であることがMMTからはどう説明されるのか」の話が来ると期待するじゃん?MMTの本なんだから。

おかみ にゅんさんも二回言うな\(^o^)/

大将 ところが、この話はこれで終わり、唐突に「補足」と称して「納税と政府支出のプロセス」というコラムが入る。そしてこう書く\(^o^)/。

「補足」納税と政府支出のプロセス
 信用創造や預金準備制度を含む、近代的な貨幣制度の基本的なところを説明し終えたので、ここで納税と政府支出のプロセスを説明しましょう(この補足は面倒であれば読み飛ばしてもらってもかまいません)。

おかみ 何だろうね、これは..。「デカップリング」って名付けたのがよほどご自慢なようで。MMTの話は読み飛ばして良くて、QEと繋げたりしないんだねえ。。。

にゅん 厳しく言うと、本人が理解していないから書けないんだと思う。

大将 そう言われても仕方がないな。これは。

にゅん もういいでしょう。この本、もうやめよう。自分が誘っちゃったけど、もう著者のひどい理解不足は明らかだと思うから。

おかみ うん、それが示せたからもういいね。でもにゅんさん、この図あるやん。にゅんさんもこんな図を使ってMMTの説明してたよね。せっかくだから、この図を使って「MMT的なQE無効性」の説明をちゃんとしておかない?

画像2

にゅん 簡単なことだよね。マネタリーベースというのは中央銀行の負債なんだから、政府の負債である国債を分けて考えても、そもそも意味がないんだ。QEというのをこの図で言えば、国債を預金準備に両替するだけだよね。預金準備が増えたってその分国債が減るのなら、統合政府の負債の合計は不変なんだから、マネーストックとは関係ないじゃんって話だよ。

おかみ なぜそれだけのことを書かなかったんだろう。

大将 だからやっぱり、そんなこともわかっていないってことだろうね。そう言われても仕方がない。

にゅん やっぱりね。筆者の貨幣観が見事に「主流」なわけ。少なくとも、政府が創造し破壊しているものだ、というビューが腑に落ちていないんだよね。貨幣は「中央銀行が供給する」とか「なんか知らないけどその辺にあるもの」、って思っている。そして筆者のそのビューが典型的に表れたのが図2-8ってやつで。

キャプチャ

にゅん これ、矢印が下から上になっているでしょう。この図は、「なんか知らないけど」家計がお金をすでに持っていて、それを銀行に預けるというところで話をスタートさせている。そうじゃない。MMTが言っているのは、その、いま家計や企業が持っている貨幣って政府支出か銀行の貸出でできたものじゃん。準備預金は政府支出と同時にできているわけ。だから、図は政府支出から書き始めないとダメなんだ。お話にならない。

おかみ あたしもね。この図が目に飛び込んだとき、これは「主流の間違った説明の話」をしたいんのかなって思ったよ。

にゅん だよねえ。にゅんを悲しくさせるのは、このレベルの「嘘MMT本」が「日本のマクロ経済学者が書いたMMTに関する初めての本格的な書籍」として著され、宣伝され、流通し、国会議員が新幹線で読んだり、それを反緊縮派の人たちがツイッターとかで喜んでしまう、この構図がね。

おかみ にゅんさん、日本には経済学者は存在しない方がいいとか前によく書いてたけど、そういう意味だったんだね。

大将 でもまあ、マルクスファンに言わせればだ。経済学の連中がこうなりがちなのも、目下盛大に行われている金融資本による収奪の過程と連動しているっていうことだよ。民間債務の軽視も、それを黙認するどころか資本の自由を推し進める政府という存在の軽視もそれそのもの。そして必ず「筆者は中立」というテイになる。わっかりやす。

にゅん そうだね。最近は大将のそういう話が腑に落ちてきて、もう彼らに腹が立つようなことはなくなったかな。無自覚な主流ビューのままだから、なぜジョブギャランティーが要請されるかも、なぜ金利政策が有害なのかもわかるわけがないんだよね。

おかみ あたしたちにしてみたら、生まれちゃったのがこの時代なんだから、各自の持ち場でできることをやるしかないよ!

にゅん うん。ちょっと元気戻ったかな。また来るよ。

(にゅんさん去る)

大将とおかみ ...

おかみ あ、にゅんさんてばまたお勘定しないで消えたよ\(^o^)/

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