小料理屋書評シリーズ!井上智洋『MMT 現代貨幣理論とは何か』その3 第二章(けっこう致命的?)

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おかみ 第二章行こうか。いよいよここからが本論かな。

にゅん 改めて目次を見てみよう。この本は全部で六章の構成になっているね。

第1章 なぜいまMMTが注目されるのか?
第2章 貨幣の正体-お金はどのようにして作られるのか?
第3章 政府の借金はなぜ問題にならないか?
第4章 中央銀行は景気をコントロールできるのか?
第5章 政府は雇用を保障すべきか?-雇用保障プログラム
第6章 MMTの余白に―永遠の借金は可能だろうか?

にゅん 第2章から第5章までの筋書きは第1章で予告されていた感じだ。つまり、第3章から第5章は第一章でみた「MMTの主要な論点」として挙げた三つに対応しているね。
(1)財政的な予算制約はない
これが第3章。
(2)金融政策は有効ではない(不安定である)
これが第4章。
(3)雇用保証プログラムを導入すべし
これが第5章。

おかみ で、これは『筆者が考える主要な論点』ってことだったよね。そして、筆者の見立てはこのうち(1)だけは有意義だけど(2)と(3)は「かなりの違和感や疑問があるという立場」になると書いていたね。

にゅん うん。しかも(1)は主流も同じ結論が得られているとかなんとか。それはまあ置いといて、今日見る第2章は「貨幣の正体」。実はこれも第1章で予告されていた感じなんだ。そこから引用。太字はにゅん。

 つまり、私もMMTに全面賛成ではありません。それでも、すでに述べたとおり、現在の日本経済という文脈では、「財政的な予算制約はない」はとても重要な論点だと捉えており、本書のような書籍を執筆しているわけです。
 一点注意が必要なのは、MMTはあくまでも貨幣理論なので、「貨幣とは何か?」という話が理論の中軸を成しています。そこから、もちろん政策提言も出てくるわけですが、「ある程度のインフレ率になるまで政府の借金を増やしつつ財政支出を拡張すべし」ということを積極的に主張しているわけではありません。

おかみ ああ、たしかに。

にゅん マネタリーセオリーだから「あくまで貨幣理論」なんだと。そこから派生的に政策提言が出てくる、みたいな言い方。だから第2章では「貨幣理論」としての骨格的な話をして、第3~5章で(1)~(3)の論点を語る、ということになるわけだ。
嫌な予感がしたんだよ。

おかみ どんな?

にゅん この貨幣のビューのところで、主流との対比をちゃんとやってくれるかな?っていう不安が。まあ、まずちゃんとはやっていないだろうなって。

おかみ MMTと主流はどういうところが違うの?

にゅん 二つあると思う。一つは、「民間の総金融資産を増減させることができるのは政府だけ」ということ。

おかみ こないだあたしにも説明してくれた話かな。それくらいは書いてあるんじゃないかなあ。

にゅん それを「丁寧に」議論できているかが問題なんだよ。「増減させることができるのは政府だけ」ということは「民間にはそれができない」ということを含意しているのだけど。

おかみ ふむ。

にゅん よくあるのは「万年筆マネー」を持ち出して、「銀行貸出ではゼロから預金を作っています!」とやるやつ。大事なのは、このとき銀行は預金という負債と同時に、貸付金という資産もつくるということ。

おかみ あたりまえだよね。

にゅん いやね。そのあたりまえのことをほとんどの日本人はなぜか説明しないんだよね。借り手にしてみたらタダで預金がもらえるわけじゃなくて、ローンを抱えることになるのにさ。むしろ大事なのはそっちの方だよ。ねえ、大将。

大将 あ、呼んだ?それな。

にゅん たとえば住宅ローンや奨学金ローンみたいな民間債務についての問題意識はMMTの問題意識の中核にあるやつなんだよね。これが金融危機を招いたわけで。

大将 マルクス系の文脈だとギリシャのラパヴィツァスさんとかだっけかな、労働からの搾取だけじゃなくて、そういうローンからの収奪をちゃんと考えようとしているよな。MMTはあのへんの議論に接合できそうだからとても面白いと思ってる。民間債務はゼロサムなんだよね。「いくらでも」なんてのは乱暴で、そのとき収奪が起こっているはず。

にゅん そう。民間債務はゼロサム。このへんが書かれているかだね。もう一つは、「通貨の創造と破壊は政府がやっている、中央銀行は従属的な役割を果たしているに過ぎない」これが書かれているかだね。

おかみ わかった!じゃあその二つに気を付けて第二章を読もう

(一同、読む)

「貨幣はデータに過ぎないの節

一同 これは...

おかみ 出ちゃったね…万年筆マネー... 引用するよ(強調はおかみ)

 貨幣がコンピュータ上のデータに過ぎないのであれば、いくらでも無から貨幣が作り出されることになります。コンピュータがない時代には、帳簿がその役割を果たしていました。帳簿に一〇〇万円とかけば、一〇〇万円がそこに生じたことになります。MMTでは、「万年筆マネー」という言葉が頻繁に用いられます。これは、まさに万年筆で帳簿に書き入れることによってお金が生まれることを意味します。
 なお、「万年筆マネー」は、MMT派ではなく主流派のノーベル賞受賞経済学者であるジェームズ・トービンの言い出した言葉として知られています。
 MMT派では、「キーストロークマネー」という、より現代の実情に即した言葉も使われます。これは、コンピュータのキーボードを叩くことでいくらでもお金を生み出せることを意味します。
 こうしたことは当たり前の事実を言っているだけで、MMTの専売特許というわけではありません。

おかみ 預金と同時に生まれる負債のことが書かれてないよねこれ。これだと民間債務がゼロサムであることが伝わらない。同額のローンが発生するのに。。。それどこか「いくらでも」の方が強調されているという。

にゅん うん。それで「当たり前の事実をいっているだけ」ときたもんだ。あと。。。「MMTでは万年筆マネーという言葉が頻繁に用いられます。」ともあるけれど、そういえるかなあ。レイの入門でも使ってなかったはずだし、ミッチェルのブログでも自分から使っている例はほぼないよ。まあ、次。

ただし、主流派経済学者はともすると、貨幣を無からいくらでも作り出せるという事実を忘却したかのような物言いをすることがあるので、MMT論者としては改めて強調しておく必要があったのです。

にゅん ないわー

おかみ そこまでひどいの?

にゅん だってさ。主流派経済学者が批判されるべき理由は「貨幣が無からいくらでも作り出せることを言わないから」じゃないよ。まさにここで著者がやっているように「民間の債務」を忘却したかのような物言いをすることなんだよね。

おかみ ああ。。。

にゅん 負債論の大御所の一人マイケル・ハドソンがスティーブ・キーンの本の書評かなんかで言ってたけど、「主流経済学者ってのは負債というものを見ないよう見ないように訓練された人々だ」って。

おかみ あはは\(^o^)/(にゅんさん風)

にゅん 先に言っちゃうけど。実はこの本の第四章「中央銀行は景気をコントロールできるのか?」は、いかに筆者ら主流経済学者が奨学金ローンや住宅ローンを見ないように理論、というか砂上の与太話を構築しているかのよいサンプルになっているんだ。

おかみ まあ落ち着いて、次の節見ようよ

貨幣の分類と貨幣発行益」の節

おかみ 読んだよー。ふむ。まず、貨幣には実物貨幣と名目貨幣(信用貨幣)があって、現代のお金は後者だと。そのあとに貨幣発行益の話。

にゅん ここの流れもめっちゃマズイよ。この貨幣発行益の話って、高橋洋一や若田部さんとかも言ってて、一見まともだけど最悪の主流ビュー丸出しのやつなんだよね。この本だと、このあとに「貨幣は債務証書」だっていう節があるのだけど、それと両立しない考えなんだ。「一万円札は原価が一枚当たり約二〇円だから日本銀行は一枚当たり約九九八〇円の利益」なんていう話が、まさかMMTの本に出てくるとは思わなかった

おかみ あたしにわかるように説明して。

にゅん まずね。「お金の発行者」である政府日銀(統合政府)と、「お金の使用者」である国民の立場の違いがめっちゃ大切なんだ。使用者にとっては貨幣が増えたら「益」だけれど、発行者には益にならん。借用証書が増えたら益になるの?っていう。

おかみ ふうむ。一〇万円硬貨についても、こう書かれている。。。

日本が1986年に発行した一〇万円硬貨は、四万円しか素材価値のない金貨を、一〇万円で売ったので、その差額だけ儲けることができました。図2-2のように、四万円を一〇万円から引いた残りの六万円が政府の利益になります(実際にはコインを造るのに若干の鋳造費用がかかかる)。貨幣を発行することで得られるこのような利益は、「貨幣発行益」と呼ばれています。

にゅん 考えてみてよ。政府は一〇万円硬貨を発行して一〇万円を受け取るわけでしょ。これはただの両替で、損にも益にならんのよ。むしろ預金通貨なら原価ゼロで売れるわけで、原価なしで売れるものにわざわざ四万円の原価をかけちゃってるのだから、そのぶん損してるだけだよ。

おかみ 利益どころか、むしろ損と。確かにおかしいね。

にゅん こういう正反対に誤った俗論は「MMTではダメなことがはっきりする話」、みたいに書いてくれないとなあ。ちょっと読む気を失う...

おかみ 気を取り直して!次はにゅんさんのヒーローであるモズラーだから。

「パパの名刺をあげるよ」の節

にゅん おお有名なモズラーの親子クーポンの話やね。

MMTの創始者と目されるウオーレン・モズラー氏の実体験である「モズラーの名刺の逸話」は、租税貨幣論の理解の手助けになります。

おかみ なんで「創始者である」でなく「創始者と目される」なんだろう。

にゅん まあまあ。それよりこの話を「モズラーの実体験」って言い切るんだ。たぶん違うと思うけど...。まあ、内容は特に文句はないよ。もっちーやにゅんの翻訳を紹介してくれればうれしかったけどね。

ここの読者の方にはもっちーのやつをご紹介。ビル・ミッチェル「シンプルな”名刺”経済」

「政府が支出してから国民は納税する」の節

にゅん 通貨は政府が発行していないと納税できなじゃんっていう話。12行くらいの短い節だね。

おかみ あたし、ここがすごく気になった。

「支出が先で、租税は後」というわけです。MMTでは、これを「スペンディング・ファースト」と呼んでいます。
「支出」(スペンディング)が「最初」(ファースト)ということです。

おかみ MMTでは「スペンディング・ファースト」と呼ぶって言うんだけど、これ「支出が先」の元の英語が spending first ってだけの話じゃないの?

にゅん 「MMTでは日本を「ジャパン」と呼んでいます」、みたいな不思議な気持ちになるね。なんか、日本には「スペンディング・ファーストおおお」みたいにやる人が時々いるからね。

おかみ (にゅんさんやってなかったかな?)

「税金は財源ではない」の節

にゅん この節は、前節で「納税より政府支出が先」、つまり「貨幣を渡さないと納税できないじゃん」の話を出しだけれど、でも「近代的な貨幣制度の下では分かりにくくなっている」と締めてたから、それを受けてそれを解説しようとしているということかな?

おかみ 政府支出が先、ということは租税は財源としては必要ないっていう話にいくよね、と。

にゅん まあそうやね。この節も二十数行と短いけれど、預金とベースマネーの区別を書いていないのがめっちゃ不満だなあ。ベースマネーを入手しなければ納税することができないっていうのがいろいろキモになっていくんだけどね。これは物凄い不満。この不満は次節で爆発します\(^o^)/

「銀行がお金を作る仕組み」の節

おかみ ここは、銀行の貸出しの際に預金が作られるっていう話の説明だね。

(一同、読む)

にゅん ああ、今気が付いた。一回目は基礎的なところだなと思ってまじめに読んでなかったけど、いまちゃんと読んだらひどいな、なんだこれ!最後のところ!にゅん的には、ここで本をぶん投げるレベル

 板倉は、民間企業が貸し出しを行うことによってマネーストックが増大すると言っているわけです。そうであれば、企業や政府は民間銀行からいくらでもお金を借りられることになります。
 これは重要な意味を持っています。というのも、国民の保有する預金の残高という上限があるので、政府の借金が増大し続けるような状態は持続不可能であり、それゆえに増税すべしと主張した経済学者が少なくなかったからです。
 彼らは、預金が貸し出しに回っているのであり、政府が民間銀行から借金を続ければいつかは預金でまかない切れなくなり、それ以上の借金は不可能になると考えていたのです。しかし、実際には貸し出しの度に預金は増大してたので、預金残高は上限としての意味をなさなかったのです。

大将 これは…

にゅん 暗澹たる気持ちになるね...

おかみ ん。。。あたしはその気持ち、わかったようなわからないような。noteに纏めたいからわかるように説明して!

にゅん ここはねえ、明らかに著者が民間の債務と政府の債務とを混同しているんだよ。言い換えて、民間の信用創造と政府の貨幣創造が混同されている。これはMMT本を名乗るには、スタートラインに立てていないレベルと言われても仕方がないよ。金取るなよ!あうあう

大将 あー、にゅんさん興奮しちゃった。代わって俺が説明するか。

おかみ ああ大将、お願い♡

大将 ベースマネーの動態がわかっていないんだよ。ベースマネーってのは準備預金と現金の合計だけど、ここは簡単のため準備預金だけで考えよう。

おかみ 準備預金なら、あたしもにゅんさんブログで結構詳しくなったよ。このエントリとか。

大将 上の引用で、真っ先に気になるのは「民間企業が貸し出しを行うことによってマネーストックが増大すると言っているわけです。そうであれば、企業や政府は民間銀行からいくらでもお金を借りられることになります。」というところね。
 いいかい。政府はそもそも民間銀行からお金を借りる必要があるのかな?スペンディング・ファーストとか、モズラーの名刺の話までしておいて、どうして「政府は民間銀行からいくれでもお金を借りられる」なんて言い出すのだろうね?

おかみ うん、この時点で変だよね。。。でも、著者がわかっていないのはどのへんなんだろう。

大将 たぶん当たっている想像なんだけど、民間企業への貸し出しと、政府の国債による資金供与を混同してると思うね。いま「資金供与」といったのは貸出とは違うからなんだけど、これは正確には「国債による資金供与」ではなくて「国債と準備預金の両替」に過ぎない。

おかみ ああそうか。わかったよ。
こうね。銀行目線で見てみよう。

[銀行が国債を購入する場合]
自らの資産である準備預金を同じく自らの資産である国債と両替。
仕訳だと 資産/資産
負債である預金は関係ないから、マネーストックは増大ししない
けど、ベースマネーは増大する。

ところが

[銀行が企業に貸し出す場合]
資産である貸付金と負債の預金が同額増える。
仕訳だと 資産/負債
負債である預金が増えてるから、マネーストックは増大する
けど、ベースマネーは変化しない。

(長い沈黙)

にゅん 善意に解釈して、この銀行は日銀のことだと仮定しても...ダメだね、そういうゴマカシは利きそうにない。

おかみ そうね。中央銀行に国債を発行しても政府預金と両替になるだけで政府内取引だから、マネーストックは増えない... 

にゅん もうやめようかな、これ、くだらなすぎすぎる!

大将とおかみ にゅんさん、あのさあ。

それ、にゅんさんの悪いところ!

大将 誰にだって至らないところはあるし、完璧な本なんてあるわけないだろ!

おかみ そうやってすぐブチ切れて、賢者を気取って、ひとを馬鹿にした態度をとって。傲慢なんだよ。

大将 (そこまで言うか)

おかみ ここはにゅんさんのブログじゃなくて、あたしの note なんだから、やると言ったらやるんだよ! 

(にゅんさん反省中)

にゅん わかったよ。やろう。

おかみ ♡

あたしはここで、マルクス的MMTっていうのをちゃんと考えたいんだ。だから途中でやめちゃダメ。でも、文字数が多すぎるから、第二章はエントリを分割するね。

じゃあ、次回をお楽しみに!

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