見出し画像

自分の意見がわからない👀‼️

幼い頃は自分の考え等を親や姉に話していたような気がする。
しかし、気がついたら言われるがまま…と言うか萎縮して言えなくなっていた。
そればかりか本当に自分の意見はどれなのか?分からなくなっている。


面白いものを見つけたから言った
⇒『そんなもの見つけなくて良い』

学校でうまく出来て喜んで持ち帰った
⇒『何でもっとうまく書けない。こうした方が良い』

友達出来た
⇒『あの子はあかん。家庭があかん家の子や』

等々

ことごとく否定され続けた。それでも意見を通そうと頑張った。しかし、絶対に曲げない人たちだったので、いつからか反論することが出来なくなっていった。
また、父に関しては厳しく怖い人だったので怒らせる(怒鳴られる)のが怖くて萎縮していった。

大人になって気がついたら意見が言えなくなっていた。

しかし、結婚し家族から離れ子育てをしていく中で自分の常識と思っていることを元の夫や子供に言っている自分がいた。

少し呪縛は解かれたのかもしれない。

しかし、討論、喧嘩となると

[私の意見間違ってるかも…]

と弱気になり、結局流されてしまうことが多かった。
そもそも、萎縮して言葉が出ず討論や喧嘩にすらならないことも多い。

しかしタガが外れることもある。

①大切な人を守らねばという状況のとき。
②我慢していたものが溢れ出たとき。

①は何となく分かるが、②外れるスイッチやタイミングが全く分からない。

スイッチが入ると周りが驚くほど饒舌になる…らしい。

その時がたぶん本音を言っているのだろうが、悲しいかな
ほとんどの内容を覚えていない。

自分の考えをまとめるために書きだしたり、図にしたりしてみるも…

わからない。

はっきりしていることは、
・個性が尊重される世の中を願っていること(言葉やイメージでなく個人を見てほしいと言う願い)

・今の職場、仕事を辞めたくない。

・パートナーと別れたくない。

その思いは分かっているが、それに付随する事柄、起こっていることにたいして全くと言って良いくらい本心が分からない。

まだまだ模索の旅から戻ってこれそうにない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?