自分のお笑い好きの歴史①

今回はお笑いへの思いについてです。なんかこいつ、一昨年くらいからお笑いについてのツイート増えたな、って感じなんですが、実は昔から好きだったんですよ。でも離れてた時期もあって、また徐々に熱を帯び始め今に至るって感じです。最近は気になるイベントには仕事の様子を見ながら通うようになり、もうこれからは離れることなくずっと好きで居続けるだろうなと感じています。そんな自分とお笑いの関係を、ちょっと書いてみようと思います。

幼少期(〜小学生)

うちは母も父も(この頃は離婚してなかった)テレビっ子で、私もテレビを見て育ちました。よく禁止とされている、食事時のテレビもうちは普通に見ながら食事してました。ラインナップはその頃普通に流行っていたバラエティ。めちゃイケ、電波少年、笑う犬、学校へ行こう!、炎のチャレンジャー、ウリナリetc。(ごっつは世代的にギリ、リアタイしてなかったです)こうやって見るとウンナン結構見てますね。母がウリナリの社交ダンス部好きだったので。父はめちゃイケ好きで、一緒に見てました。電波少年は土曜のお昼にやっていて(確か関西は)、新喜劇見た後学校から帰ってきてご飯食べながら1人で見てた気がします。ちょうど見てた時『箱男』の企画をやっていて、小学生ながらにそこから安部公房の名前を知りました。あの企画は今となってはコンプライアンス的に絶対NGだし、酷い企画だと思いますが。有吉(猿岩石か)のヒッチハイクとかも見てたけどあまり覚えてないです。学校へ行こう!は全般的に好きでした。

12〜15歳(ガキ使、ブラマヨとの出会い)

この頃になると完全に音楽と映画に頭がシフトしてて、見るテレビも減って見ても音楽番組とか、金曜ロードショーでいいのやってたら見るとか。そういう方に変わります。Mステの伝説・t.A.T.u.のドタキャン騒動もリアタイで見てました。ミッシェルすごすぎて感動したり。(この文章を書いてる途中でチバさんが死去されました。ご冥福をお祈りいたします。)CDTVはランキング下位に良いバンド一瞬出ないかなとか探したり、今は無きJAPAN COWNTDOWNも見てましたね。全然洋楽紹介しないからもっとしろよ!(JAPANってついてるんだからそりゃ洋楽紹介しないだろって感じなのですが)とか思いながら、日本でもいいバンドいるじゃん!とかなったり。(音楽について好きになった経緯もまた別で書きたいと思います)

2004年の暮れに、まず私のお笑い好き歴史の中で事件がありました。当時関西では放映休止していた(当時はそれすら知らなかったが)ガキ使の『笑ってはいけない温泉宿一泊二日の旅in湯河原』がプライムタイムで関西でも放映されたのです。私はちょうど食事を終えたくらいで、たまたまリアタイで見たのですが面白くて面白くて。ガースーとか藤原女将の予備知識はないにせよ、笑ってしまったし。おばちゃん1号2号の活躍やダイナマイト四国、天丼のスターウォーズ…仕掛けを我慢する浜ちゃん、田中、山ちゃんも見てるだけで面白くて。『ラーメンと動物は視聴率を取るんだなぁ』は今もたまに話してる時ネタにします。ダウンタウンといえば、ごっつを通ってなくガキ使の関西放映もなかった私としては『HEY!HEY!HEY!』や『DX』とかでしか親しみのなかった存在でしたが、一気にこの人たち凄い!と感じた出来事でした。
そんな中M-1は私が小学校の2001年から始まっていたわけですが、私は2001〜2003はリアタイでは見てません。バラエティから若干離れてたのもありますが、その頃はM-1は今ほど盛り上がってなかった印象です。ちょっと盛り上がり出したのはセットが金ピカに変わってからでしょうか。2004は半分くらい見て終了って感じでした。
私の完全なM-1初体験・初リアタイはハトコのお姉ちゃんに誘われて見た2005でした。これが衝撃的でした。
ハトコのお姉ちゃんは『顔が完璧』という理由でhydeの追っかけをするくらい面食いで、その時もチュートリアル徳井目当てで見てた(私は誰のファンでもなかった)んですが、2人ともブラマヨの漫才で大笑いしたのを覚えています。私はこの時、ブラマヨの漫才が持つ凄まじいパワーのようなものを感じました。話芸だけでこんなに面白いと思ったのは、初めての経験だったように思います。いままで見てきたバラエティは企画ありきかコント、新喜劇だったので。その翌年にはチュートリアルが満場一致で優勝して、お笑いめっちゃおもろいやん!って実感としてちゃんと思い始めました。

あと2003?の暮れに出会った番組が『楽屋ニュース』『オールザッツ漫才』でした。これは東京に住んでいる今も実家で録画してもらったり、TVerやAmebaなどの配信を駆使して見続けている関西ローカルです。2003の暮れから私は急激にお笑い(特に関西芸人)に引き込まれていきます。この頃はオールザッツでケンコバはど下ネタをやり続け、(『人のプー』『痴漢漫談』など)たむらけんじは裸で『陣内死ね!』と叫び続けるネタをやり(それに対する芸人の野次も秀逸)、野性爆弾は尖りすぎてるコントをやりまくり、土肥ポン太は天才的なピン芸、なだぎ武も最強の良い時代でした。レイザーラモンHGのハードゲイキャラ誕生の瞬間もオールザッツでしたね。ムーディー勝山も確かそう。東京の芸人は疎かったですが、M-1で見たPOISON GIRL BANDはめっちゃ好きでした。復活してくれ〜…。品川庄司はなんか嫌いでした。(すんません)
バッファロー軍団と呼ばれる一連の芸人にもオールザッツなどで出会い、レンタルビデオで『バトルオワライヤル』『ダイナマイト関西』のDVDを借りたりテレビで深夜見ました。『バトルオワライヤル』はちょっとチョけた、バトルロワイヤルをパロったモノボケのイベントなのですが、ここでも土肥ポン太が無双でした。死ぬほど面白かったです。この時生まれたモノボケだけでポンちゃんR-1の決勝行ってた気がします。あの時のポンちゃん凄かったなぁ…。あとサバンナの高橋がこの頃めちゃくちゃ光ってました。竹若さん、ケンコバも爆笑するほど面白かったし、笑い飯西田も勢いあったし、ザコシも出てたし、駆け出しの中山功太やダイアンもすごく面白かったです。この頃から私は密かにダイアンのファンになりました。(まだユースケの名前が全然西澤で、顔がなんとなく似てるというだけでプロレスの三沢光晴の真似してた頃です)
そこから超合金も見てました。めちゃくちゃ面白かったなぁ…原西さんが天才的だった印象。あとバッファロー軍団もたくさん出てて楽しかったです。

あとやりにげコージー→やりすぎコージーは見てました。完全に東野の虜でした。風俗リトルガール説とかなんとなく妙に覚えてます。あとなんか東野が小栗旬に会ったり。千原兄弟交えたフリートークもめっちゃ好きでした。明らかに男性向けの番組でしたが、面白すぎてどうでもよかったです。ちなみに後ろにやりすぎガールと呼ばれる女の子たちが座ってるんですが、のちに大人になり映像製作会社に入った際の同僚が元グラビアでやりすぎガールだったの笑いました。

16歳〜(ブラマヨ追い、毎年のガキ使、あらびき団の登場、キングオブコントスタート、バイト帰ってご飯食べながら必ず見てた『今ちゃんの実は…』でロケ力を養っていくサバンナ、千鳥やダイアンたち)

この頃何故か放送終了していたブラマヨの『ずぼりらじお』の音源を入手し、見事どハマり。何故か覚えてるエピソードは、吉田にいたずら?かなんかの恐喝電話がかかってきて頭に来た吉田が『今から来いや!住所は⚪︎⚪︎や!』って言って電話切った後ほんまに来たらどうしよう…ってビビり出して表札を強そうな名前にした(吉田龍二みたいな名前だった気がする)話とか。小杉の弟の話とか。全部大好きでした。本当にかけがえのないラジオでした。
そんでラジオといえばダイアンの『よなよな…』を聞き始めます。めちゃくちゃ笑わせてもらいました。2人のトークが本当に好き。あと同級生や芸人仲間のキャラの強さ。チン皮のおさやん、長ランのなおちゃん、ダブルピースのたけちゃん…スー姉(こちらも死去。本当に悔やまれます…)、グッピーこずえ(書いてて懐かしすぎて泣きそう)、ケツぎしりえ(津田の嫁。笑)、ぢゃいこ、師匠の話…いつ聞いても面白いしいつ聞いても楽しい。西澤の独自の変な視点が好きでした(俗に言う西澤eyes)。あと死ぬほど噛むつだっちん。第1回の初っ端に噛んでるからね。神よ。あとバイトすぐ辞める話好き。ダイアンはこの頃?ちょい前くらい?から津田はゴイゴイスーをとにかく言い続け、(本当に継続は力なりと思う)西澤はダイナマイト関西とかで大喜利でかましまくってて、男やのに浪人して短大行ってて(最近この西澤のキラーワード『男やのに短大行ってた』が性差別的だと騒いでる知恵袋見てこの人は何が面白いと思うんだと価値観の違いに驚いた)、最強でした。今でも割と熱心なダイアンファンですが、よなよなと出会った時は特に2人の魅力にとりつかれ始めた頃で思い出深いです。

そしてあらびき団の放送開始。これはデカかったです。今でもスペシャルがあれば欠かさず見てますし、レギュラー放送の時は毎回必ず見てました。ハリウッドザコシショウや風船太郎、ふとっちょ⭐︎カーボーイとの出会いはとにかく大きく、その2人はもちろん私はガリガリガリクソンが無双してた時めちゃくちゃ好きでした(今はもう…ですが)安穂乃香という芸人から逸脱した方をパフォーマーとして見せる姿勢、はるな愛もここから出ましたし、椿鬼奴さんの率いるキュートンの存在もあらびきで知りました。東京にこんな面白い集団がいるとは!と驚きました。他2023キングオブコント優勝サルゴリラの前身、ジューシーズも出ていたはず。あとパンダーズとか(ガッポリ建設の人…)あらびきだけで輝く人もいれば飛び出して行くスターもいて、面白さの可能性しかない番組だと思ってました。あとネタやった後の東野さんのコメントがいちいち秀逸すぎるんですよね。ネタでスベってても後の東野コメントで笑うみたいなこともめっちゃあった。フォローに回る時もあれば突き放す時もある藤井隆さんの姿勢もよかった。
そんで同時期くらいにブラマヨが、今は有名タレントになった川田裕美さん(この頃は関西ローカルのアナウンサーだった、しかも吉田が川田さんと小杉とできてるんじゃないかと変に勘繰ってた)深夜番組がはじまって、最初確かチュートリアルと一緒に番組やったあと『マヨブラ流』→『マヨブラジオ』になったんですけど、それずっと見てました。野爆や中山功太、天津とか出てました。後半にコーナーがあるんですけど、それより前半のブラマヨ2人のフリートークがめっちゃ面白かったです。ラジオなき今、彼らのフリートークを聞ける貴重な番組でした。

※この間も楽屋ニュース、オールザッツ漫才は欠かさず見ています。

とかありつつ、2008年に『キングオブコント』が始まりました。コントに特化した大会ということでコント師たちがこぞって参加してました。決勝に進んだのはずっと応援していたバッファロー吾郎、頭角を表していた天竺鼠、東京の芸人で特に面白いと感じていたバナナマン、既に知名度あったロバート、東京進出再起を図るTKO、当時全く無名だったチョコレートプラネットなど。今ほど大会に権威もなく、芸人審査ということで色々手探りな状態でしたが気になる大会だったのでリアタイしてました。
覚えてるのはバナナマンとバッファロー吾郎の戦い。バナナマンにしか出せない日村を生かしたネタと、相変わらずマニアックなネタで攻めるバッファロー吾郎。どちらも面白かったのですが、今まで応援してきたのもあってバッファローが勝った時は本当に嬉しかったです。でもネットでは猛烈なバッシングがあったんです。バナナマンが優勝すべきだった、面白くない、芸人審査はバッファローに世話になった芸人が多いから温情票だろうなど…竹若さんのブログはアンチコメントで溢れ閉鎖になり、その頃からバッファローさんは(特に木村さん)狂い始めてしまった気がしています。個人的には。なのでバナナマンが優勝した方がバッファローさん的にも良かったんじゃないかと今でも思う時があります。大会側も手探り感が否めず対応しきれてなかった感じでした。その後もキングオブコントを見続けてて、紆余曲折ありましたが、ちゃんと権威ある意義のある大会になってすごいなあと思っています。
この頃からバッファローさんは全国テレビにも露出をし始めるのですが例の『ポカホンタス事件』が起こりコンビ活動は停滞したまま…本当に、今からでもまたダイナマイト関西でもバトルオワライヤルでも、なんでも企画やって面白い芸人引っ張ってかまして下さいよ…って思います。バッファローさんのコンビの活動再開は今でも切に願っています。

そんで始まった関西ローカル『今ちゃんの実は…』ですがロケ番組でサバンナ、千鳥、シャンプーハット、ダイアンなんかがロケするんですがそれがもう芸人さんがどんどんメキメキ力をつけていくのがわかるんですよ、なんか偉そうだったらごめんなさい。最初とか千鳥どうなんやろ〜って思ってたのにいつの間にかもう京橋に千鳥がいるだけでおもろいみたいな状態になってたんですよね。すごい。サバンナも八木さんにもちゃんと焦点を当ててたり、シャンプーのタクシー企画とか別にグルメロケしてるだけなのに見てられるし、ダイアンが秘境行くロケは声出してわろてました。その時ちょうど梅田の書店でアルバイトしてて、家帰るとちょうどこの番組がはじまる感じだったので晩御飯食べながら見てました。ちなみに千鳥とかが卒業しだしてからは上京したのもあり、あんま見てません(霜降りとか出てたとき)

あらびき団のレギュラー終了は本当に悲しかった記憶があります。ブラマヨの深夜番組も終わり、やりすぎは深夜からプライムタイムになった瞬間おもろなくなるし、ほんまダイアンのラジオだけでした、拠り所は。

M-1はサンドウィッチマンが優勝した時はアツくなりました。極寒の中敗者復活戦で勝ち上がり、あの状況で完璧な漫才を見せていただけて感動しました。しかしその次らへんから違和感が…ノンスタのテンポ早めのハイテンション漫才はあまりついていけず、毎年仕上げてきて100点も取ったのになかなか優勝掴み取れない笑い飯を見てるのがつらかった記憶があり、パンクブーブー優勝も面白かったんですけど、なんで笑い飯じゃないんだっていうのはずっとあって、少しゲンナリして見た第1期最後のM-1の2010で笑い飯が優勝したときは本当に良かったと思いました。ただやはり個人的に前年や前々年の方が、もっと言えば初期の方が完成度は高い気がしていましたが…でも彼らがしてきた私には想像もつかないほどの努力というのが身を結んだ瞬間は嬉しかったです。

そこからM-1がなくなり、キングオブコントが残るわけですけど、2012年が面白かったですね〜。バイきんぐの年です。さらばが初登場、確かトップバッターで『ぼったくりバー』だったんですがめっちゃ笑いました。バイきんぐも最高でしたし、2012は印象残ってます。薄々自分の好みとして気づいてたけどコントの方が漫才より面白いかも…って感じた瞬間でした。2014年にあらびき常連のシソンヌが優勝して、その時に岡野陽一が組んでた巨匠も知って。巨匠のネタ好きだったな…。そっからさらばがスキャンダルあっても底力で決勝行きまくって、でも優勝できなくてのくだりは笑い飯を彷彿とさせました。結局彼らはキングオブコント優勝せず自分たちなりに面白さをどう見せるか見出して、YouTubeやらバラエティで活躍しつつ毎年単独もやってキャパもどんどん増えてくしすごい開拓者のような芸人になりました。尊敬しています。
THE MANZAIはあんま見てなくて、ウーマンラッシュアワーが勝った時だけ見てたんですけどウーマンの漫才は全然ついていけなかったです。今も村本さんには抵抗感あります。スタンス的にも思想的にも。

25歳〜 M-1 復活、ニッポンの社長を知る。たまにルミネに顔出すようになる、2017あらびきでニッ社との再会、キングオブコント

それで2015年M-1復活。審査員が今考えるとちょいミスってるけど決勝行った人のパンチめっちゃあった大会でしたね。メイプル超合金→馬鹿よ貴方はの流れには惹かれましたね。なんか新時代を感じました。馬鹿よのネタとか繰り返し100回は見た気がします。トレエンの優勝には納得してませんがね!(ネタの好みの問題ですが!あとトレエンの人柄は嫌いじゃないですよ!)この年は銀シャリで良かったんじゃないかと思いました。
あとこの年の敗者復活戦で出会ったのが何を隠そうニッポンの社長です。関西から離れてた私は、駆け出しの彼らを知る術もなく…いきなり知らんコンビ出てきたなって感じで見てたらおもろかったんですよね。バイト先の先輩を水責めにするとこ最高やった。結果最下位だったんですけど、私の中では印象にかなり残ってました。でも関西で活動してる彼らの動向を追えることもなく。その頃はレコ屋で働いててレコードに金使いまくっててお笑い掘る感じでもなく。時が経ち2017でしょうか、あらびき団のスペシャルで再びニッポンの社長に出会います。『あっ!あのおもろかった芸人さん!!!』ってなって、ネタ見たらやっぱ面白くて。完全にこの人たち間違いない!って思いました。そこからちょくちょく動向を調べるようにはなりました。もちろんあっちは関西なんで行けないんですけど、気が向いたときたまに調べるとか。あ、この番組出るんやとか。YouTube動画あげるようになったら見たり。こそこそ追ってました。そんでM-1敗者復活にロングコートダディとかも出るようになって、関西盛り上がってきてる!ってなった記憶があります。どっちもコント師なんですけどね。
大好きなダイアンも敗者復活戦出てたし応援してたけどダメで、、悔しかったなぁ。。
あとここで密かに今も大好きなるダイタクとも出会っています。面白い双子がいる!吉田たちさんと同じ双子だけどテイスト全然違うくて面白い!ってなって密かに追い始めました。セルスパとかも出てたんですよね〜好きなPOISONも出てたしさらばも漫才できてたし。2015面白かったなぁ。
キングオブコント2019にはビスブラや空気階段が新進気鋭として登場して、うるブギも面白かったですがどぶろっくが獲りました。どぶろっくはずるいですけどやっぱ面白いですよね。彼らの武器を存分に発揮したネタで、あらびき団出身の彼らが優勝したのは嬉しかったです。
そしてコロナ禍真っ只中キングオブコント2020です。ニッ社とロングコートダディが決勝に出ました。キングオブコントというとどうしても東京芸人が強くて、もちろん納得の面白さなんですが大阪勢はなかなか優勝できないところもあったのですが大阪勢がその2組と滝音が来て、大阪コントが盛り上がってる感じの大会でした。滝音のトップバッターのワードで笑かすコントも、ロングコートダディの独特の兎さんのキャラ感を活かしたコントも面白くて、空気階段もレベルが確実に上がっている感じがしてワクワクしましたが、なんといってもニッ社の『ケンタウロス』ですよね。雷に打たれたような衝撃でした。忘れることができません。面白すぎました。わたしが感じていたこの人ら面白いぞ…っていうのが爆発、というか暴発した感じ。ちょくちょくネタはネットで見てましたがこれで挑むところの心意気、ほんまに俺らが面白いと思ってるのはコレや!っていうのをぶつけられたような気がして、真っ正面から面白さと衝撃と覚悟を受け止めて、完全に『今後のお笑いはこの人たちにかかってる』とすら感じました。結果はまあまあ良かったみたいな?4位かな?だったのですが、優勝できなそうなネタをするのが彼らなのかなと。世間がヤバいときで不安に駆られてた自分にとってかなり救われた大会でした。
ここからニッ社に焦点を絞って書くと2021はバッティングセンターのネタ。ケツさんの表現力と狂いっぷりが彼ららしいネタでしたがこの年は空気階段が完璧すぎたので、(『火事』はコント史に残る名作だと思います)場の雰囲気や空気全てもっていかれた感があります。『踊り場』リスナーでannaから単独に行っていたので空気階段の優勝は嬉しかったです。3度目の正直、どんだけ努力したのかなと。でも相変わらずニッ社のネタも良くて、トップ3には入るべきやろ〜って思ってました。でも男性ブランコの一本目はかなり好みだったのと、ザ・マミィの一本目もとてもよくできてたので甲乙つけ難いですよね。。でも空気階段が圧倒的だったのは鳥肌立ちました。
2022はニッ社単独『ロキソニカ』に行ったんですがあの例の暗転ネタかけてたんですよね。で、私はやっぱりめっちゃ面白くて。憶測ですけど彼らも自分たちが好きで尚且つ手応えを感じてたんだと思います。準決勝の配信も見たんですがブラッシュアップされたあのネタと『手術』をかけてて、爆発的に笑い声聞こえてたんでウケてる、行けると思いました。ロングコートダディもウケてたので、まあ行けるだろうなと。配信ではや団も面白く感じて、なんかちょっと03の感じとソニーの感じの混ざり具合が絶妙で良かったんで決勝行ってアツい〜ってなりました。結果は何故か会場が重くてニッ社は最下位なんですけど、食らいついてて尚且つネタにするところも彼ららしくて。自分の面白さを信じてる彼らをますます応援したくなりました。ロコディも好きなネタだったんですけどそこまで振るわずで、うーむとなってたんですが準決勝で面白かったや団が大健闘で。一本目めちゃくちゃ好きなんですよね。中嶋さん小さくなりすぎやろ笑。コットンは王道に面白かったんですがや団派でしたね〜。ちなみにビスブラはキャラも平場の感じも漫才も好きなんですけど何故か自分ビスブラのコントあんまハマらなくて笑。優勝かなぁ?とはなりましたね。でも私の基準がズレてるのかもしれないので、全然ビスブラ優勝でも納得です。ハマるかハマらないかは本当個人の問題だと思いますし。。



やっぱゴイゴイスーは世界を救うで。


疲れてきたので1回ここまでにします。
次回はM-1 2022から現在まで書いていこうと思います。
文章書くの楽しい!けど表現難しいなぁ。精進します!


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