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オバマ大統領は私にも「同胞なるアメリカ人」と呼びかけた。~ヒューマン・バラク・オバマ第14回

■人間としてのバラク・オバマと、彼がアメリカに与えた影響を描く連載■

 オバマ前大統領は演説の最初によく聴衆に向って「My fellow Americans,」と呼びかけた。fellow は「同胞の」「仲間の」といった意味を持つ。つまり「私の同胞たるアメリカ人の皆さん」。

 多種多様な人々で構成され、米国籍を持たない人も多いアメリカ。オバマ大統領の言う「アメリカ人」とは、いったい誰を指すのだろうか。

 ここで言うアメリカ人とはアメリカ生まれの米国籍者だけを特定しているのではなく、全米人口3.2億人のすべてを含み、「アメリカに住んでいる人」の意だ。

■アメリカ人? 移民?

 アメリカでは人種も民族も宗教も、親の出身国も関係なく、アメリカで生まれた子はアメリカ国籍者であり、つまり法的にアメリカ人だ。親が外国籍、さらに不法滞在者であってもそこは変わらない。

 外国で生まれ、後にアメリカにやってきた移民は米国市民権を取得すれば法的にアメリカ人となる。市民権を取得せずとも永住権を取れば外国籍のまま永住できる。今回のトランプのムスリム7ヶ国民入国禁止令で最も問題とされたのは、永住権保持者も対象としたことだった。アメリカに永住する権利がある者を入国させなかったのである。

 ある程度の年齢以後に移住すると英語に母国語の訛りが残り、人によっては服装や立ち居振る舞いからも外国生まれだろうと推測できる。しかし幼い時期に移住した人たちの多くは訛りが無く、外観からも外国生まれとは分からない。彼らは家庭で親から祖国の文化や言葉を受け継いではいても教育をアメリカで受けているため、中身はアメリカ人だ。アメリカではこうした人々の中にも市民権保持者、永住権保持者、そして不法滞在者がいる。

 オバマ前大統領が救おうとしていたのが通称ドリーマーと呼ばれる、幼い時期に自分の意思ではなく不法滞在者としてアメリカにやってきて、アメリカで教育を受けて育った若者たちだった。

 ドリーマー擁護の理由は、まず彼らは先にも書いたように文化的にアメリカ人であること。生活の基盤がすべてアメリカにあること。不法滞在者ゆえに母国に戻ったことがなく、ごく幼い時期に渡米した者は母国の記憶すら無い。また、アメリカの税金で教育を施した若者を出身国に戻すのは頭脳や才能、労働力の流出でもある。

 家族離散の問題もある。親子で違法に国境を渡った一家もアメリカで次の子どもが生まれると、その子はアメリカ市民だ。何らかの理由で一家が強制送還になる場合、親はアメリカ生まれで米国籍の子も祖国に連れ帰るか、もしくはアメリカで教育を受けさせるために合法滞在の親戚や知人に預ける選択を迫られる。後者を選んだ場合、ドリーマーと弟妹は離ればなれになるのである。

 こうした若者たち、ドリーマーの問題は政権が移った今、宙ぶらりんのままだ。彼らは今、突然の強制送還策施行をとても恐れている。

■3つの国旗を持つアイデンティティ

 移民もアメリカ生まれの二世もアイデンティティは複雑だ。アメリカと祖国の二重国籍者も多い。多くの場合、祖国の文化を内包している。あるラティーナ女性は「私の第一言語はスペイン語!」と英語で説明してくれた。ニューヨーク生まれだがヒスパニック・コミュニティで育ったため、家庭内はもちろんコミュニティ内でもスペイン語が使われ、スペイン語が第一言語だった。小学校から英語とのバイリンガル教育が始まり、子どもたちはバイリンガルとなる。中には英語に傾き、祖国語がおぼつかなくなるケースもある。それを防ぐために今はデュアルリンガル教育もある。英語とスペイン語、英語と中国語……どちらも第一言語として卒業まで学び続けることを言う。

 ニューヨークには年間を通じてたくさんのエスニック・パレードやフェスティバルがある。プエルトリカン・デイ・パレード、カリビアン・アメリカン・デイ・バレード(ジャマイカやハイチなどカリブ海諸国)は規模も大きく有名だが他にもイスラエル、インド、ドミニカ共和国、アフリカ諸国 ……数え切れないほどある。

 そうしたパレードに行くと、祖国とアメリカの2つの旗を降っている人たちを見掛ける。例えば「ドミニカ人であり、アメリカ人でもある」と自覚している人たちだ。アメリカ生まれ、アメリカ市民権取得者、永住権保持者、不法滞在者のどれであるかは関係ない。中には3つの旗を持つ人もいる。「父はジャマイカ人、母はトリニ人、そしてボクはアメリカ生まれ」のように。

 アメリカでは人のアイデンティティに無数の組み合せがある。オバマ大統領自身、アメリカ、ケニア、インドネシアの3つのバックグラウンドを持つ。オバマ大統領はさまざまな法的ステイタス、アイデンティティを持つすべての人々に向って「My fellow Americans,」(私の同胞たるアメリカ人の皆さん)と呼びかけ続けていたのである。

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