10月は流産・死産・乳児死亡啓発月間です
アメリカでは、10月は流産・死産・乳児死亡啓発月間です。
1988年に、レーガン大統領(当時)が制定したそうで、制定を機に全米で700以上の専門家によるサポートグループができたそうです。
そして、10月15日は、「流産・死産・乳児死亡を覚える日」で、それぞれの地域の時間で午後7時にキャンドルを1時間灯して、幼くして失われた命を覚えるそうです。
トップの画像、ブルーとピンクのリボンが、流産・死産・乳児死亡啓発のリボンです。
この機会に、SNSで私自身の喪失について初めて書きました。
直接話したり、メールを書いたりするのとは違って、SNSは距離感の様々な人に一斉に伝わるので、書くべきか、書かざるべきか、ずっと考え続けていました。Noteに書くのとも違いますしね。
流産の時に読んだブログでも、「SNSには書けなかった」という方が何人もいました。不特定多数でもない、かといってすごく近しいわけでもないという、SNSは妙な距離感がありますね。
SNSに書くかどうかは、流産を経験した時から考えていました。
なぜなら、誰かが生まれたらSNSでシェアするし、誰かが亡くなったらSNSでシェアする。それは、その人が生まれたことや、生きていたことに感謝し、そのレガシーを伝えるという意味合いや、投稿を見た人にも一緒に感謝してほしいし、レガシーを伝えてほしい(レガシーが伝わってほしい)という思いがあるからだと思います。
それなら、どうして8週間でも生きていた命に感謝して、そのレガシーを伝えたいと思えないのだろう。このまま、もちの存在が誰にも知られずに、それこそ闇に葬られていいのだろうか、などなど、考えていたのです。
流産から1か月で投稿するか、母の日に投稿するか、タイミングも考えました。
でも、読み手にしても、流産の報告はどう受け止めたらいいか分からないという人もいるだろうし、慰めて欲しいのかと思われるのもちょっと嫌だったので、その時は結局やめました。
しかし、10月という月が、流産や死産、乳児死亡で失われた命を覚える月であり、その辛さを多くの人に知ってもらい、そのような経験をした人たちをもっと支えられる社会になるために取り分けられているのなら…この機会に、経験者として、発信することは適切なことかもしれない、と思いました。
ドキドキしながら、つたない言葉を紡いで長ーい投稿を書き、読み返し、"share"を押したのが10月4日の夜。奇しくも、もちが天国に行ってからちょうど7ヶ月目でした。
もちろん、最初に読んだのは夫。タグ付けしましたから(笑)
自動翻訳の「まぁまぁな」翻訳で、「うん、うん、」とうなづきながら読んで、最初の「いいね」を押してくれました。
翌朝、日課のようにSNSを開くと、いくつもの「いいね」とコメントが送られていました。そして2人の方からDMも届いていました。
そのすべてが、とても優しいコメントばかりでした。中には、投稿するまでの葛藤を想像して気遣ってくれるコメントも。
SNSへの投稿前は、ネガティブなコメントもあることを想像していましたが、勇気を出して書いてみると、すてきな思いやりで囲んでくれるものなのですね。
流産や死産、乳児死亡の話をするのは本人にとってとても苦しいものですが、きちんと受け止めてもらえると話すことは癒しになります。
つらい経験をした人たちが、「辛かった」と言える社会に、辛い経験を話しやすい社会に、そして、そのような人たちを支えてあげられる社会になっていくことを願います。
そして、そのような社会になっていくために、これからも情報発信していきたいと思います。
<参照>
cake | What Is Pregnancy & Infant Loss Awareness Month?
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