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SFマガジン「BLとSF」を読んだ所感

 SFマガジン編集長交代の矢先に、「読んでない絶版本を想像でレビュー」企画が燃え、そこからそれを受けての異常論文の作者の問題発言、さらにはSF界隈のムラ社会的構造そのものへと批判が向かった後で世に送り出されたはじめてのSFマガジンは、現編集長の溝口力丸さんが以前より公約としていた「BL特集」を組んでいた。

 「ボーイズクラブ」と揶揄されるほど男性社会であるSF界隈にBLは無事取り扱えるのか、論者がBL小説やBL漫画に対して「BLの枠を超えた」とかそういうダサい褒め方をしてこないか、表紙イラストは紀伊カンナさんなのかなど様々な憶測が流れるなか、つい先日発売された。

 争奪戦が起きた百合特集の反省も踏まえ、amazonで購入し、無事発売日に届いた。

 特集評論にざっと目を通した時点での所感を書きたいと思う。

 全体的な感想としては、配慮されているし良い企画だな、と思った。

 (早川書房に対する栗本薫御大の功績を踏まえると仕方ないが)やや「JUNE」時代に偏っていて現代のBLの流行(例えばオメガバースなど)については若干触れられきれていなかったことはあれど、編者・論者の熱量は十分すぎるほどに感じられた。

 栗本御大(温帯ではない)の小説道場絡みでは、まさに才気煥発だった時代にひとつひとつの物語と真剣に向き合って、「BLとは一体なんなのか」と戦い続けた御大と、「BLを書きたい」という想いを御大にぶつけた投稿者の華々しい激突、懊悩、そして小説道場の終わりまでが情熱的な筆致で綴られている。

 ひらりささんの「《私たち》が絶滅する日 ――擬態生物としての腐女子のこと」では、腐女子の社会的擬態(外部にバレないようにする、お洒落をする)を通じ、腐女子や同性愛に向けられる嫌悪、BLを通じた女性同士のコミュニティに踏み込み、最終的に「腐」や「女」からの解放を示してみせる。BLコンテンツが多様化し、様々な社会的問いかけがなされるようになった今、この特集の中では現代BLの最前線に立った評論といえる。

 丸屋九兵衛さんの「BL/やおい/スラッシュの宇宙を、勇敢に 世界最古のブロマンスからスターシップ上の秘め事、そして我々の現在地について」では、歴史上の同性愛から始まり、物語・歴史上の戦士たちのウォリアーカルチャーとの繋がりを論じ、そしてスタートレックにまつわるスラッシュ文化(スタートレックの役者がそういうファンフィクを認知していると公言し、大騒動となった)を論じる。そして、BL的なものに嫌悪感を抱く当事者やクィアベイティング(LGBTQ感を匂わせつつ明言しないことで、関心を引き寄せると同時に炎上リスクを回避する商業的なテクニック)の問題にも触れている。

 「BL×SF作品ガイド」では、SFマガジン読者におすすめのBLSF作品(主に小説・漫画)を複数の選者が古今東西から集めて紹介している。一般文芸・ライト文芸の「それっぽい」作品に偏らず、BLレーベルから積極的に選んでいるものの、ピックアップ作の中に入手困難な作品があったり、とある選者がBLと同性愛とブラザーフッドを混同しているきらいがあったりした。

 なお、選者の一人である青柳美帆子さんは無論『機龍警察』をレビューしていた。

 川野夏燈さん(ちるちるスタッフ)「BL小説/コミック、はじめの一冊」では、SFマガジン読者にも受け入れやすいBLやオメガバース作品を、そのSF的魅力を交えながら紹介している。

 そして届木ウカさん「はじめてのBLゲーム概論」では、ニトロプラスキラル(現ニトロオリジン)とインディーズゲームを中心に3本のBLゲームをピックアップしている。switchという新しい安住の地を手に入れそれなりの歴史もある乙女ゲームに比べて、BLゲームの商業的地盤は薄い傾向にありどうしてもインディーズゲームが中心になるので、恐らく現在『エルデンリング』を買って遊んでいるようなSFマガジン読者からすると面喰うかもしれない。そういった読者のため、インディーズゲームのプラットフォームや導入方法の紹介にも触れられている。

 というわけで、全体的な話に立ち戻らせていただくと、「SFとBLの現在の交点」と「BLを知らないSFマガジンの読者にどうBLをすすめるか」が混在となった特集になっていたと思う。

 まあいきなり全力全開BL!を突き出しても従来読者が「ハァ!?」になってしまう可能性もあったとはいえ、個人的には前者の方をもっと読みたかったかな……と思う。

 SFマガジンであるならば、同性愛をBLというくくりで消費することへの違和感、(これがBLといえるかは微妙だが)『ミモザの告白』はクィアベイティングなのか、BLの前に横たわるフェミニズム・ジェンダー的問いかけなど「BLの、ちょっと先」についてもっと触れても良かったのではなかったのか。

 あとブックガイドでBLとLGBTQとブラザーフッドと耽美を混同している選者がやたらめったら海外・古典SFを的外れかつあてずっぽうに紹介してくるのははっきり言って選定ミスだったと思う。

 海外古典にBLを見出せるくらいのゆるい基準なら、どうせなら『錆喰いビスコ』と『傷痍アルファ』を紹介してほしかった。

 どちらも「男性作家が意識的にBLを書いたらどうなるのか」という好例なので、BLというジャンルそのものが女性主体であるとはいえ、もっと多様性を持たせるならこの2冊は入れて欲しかったかな、と。

 『錆喰いビスコ』はアニメでもやっていますが男性同士の愛情関係が中心に据えられた作品であり、前述のウォリアーカルチャーやフェミニズムに通じつつも、それらを超越した神話的な愛が綴られていく。

 ちなみにここで言う「愛」は「どうせ『ビスコ×ミロ』のことだろ~」(実際、出版前に「ミロを女性に変えて欲しい」という要請が編集部からあったのを作者が退けたというエピソードがある)と思うかもしれないが、とにかく一連の物語にひとまずの決着が付く6巻まで読んでほしい。

 『傷痍アルファ』は戦場で大怪我を負い何も喋れなくなったαとそれに屈折した想いを抱き続けるΩの百合をオメガバースBLとして書き直して商業出版した作品で、全体に漂う退廃的な雰囲気とともに男性向けアダルトものを書いている作家ならではの恋愛描写はオメガバースBLの素養がある人が読むともれなく大混乱に陥るのであえてこれをオメガバース1作目に選ぶのもおすすめする。

 というわけで、発売前は最悪な内容を予想してゾクゾクしていたSFマガジンのBL特集だったが、結果無事に軟着陸できて良かったと思う。

 特集掲載された小説群も楽しみとして、これから読んでいこうと思っている。


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