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あの写真が教えてくれたこと(公務員時代の話)

Yahoo!ニュースでイタリア発のブランドGUCCI(グッチ)がダウン症のモデルを初めて起用したというニュースを見た。

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【グッチがダウン症のモデルを初めて起用。インスタで80万いいねの大反響】
1921年にイタリア・フィレンツェで創設されて以来、世界のファッション界を牽引してきた高級ブランド、グッチ。スタイリッシュでラグジュアリーな財布やバッグが、世界中の人に愛されている。

そんなグッチが、この度起用したモデルが大きな注目を集めている。

イタリア版『ヴォーグ』に登場したダウン症のモデル
先月、ダウン症のモデルであるエリー・ゴールドスタインさん(18歳)は、イタリア版『ヴォーグ』に、グッチのマスカラ「L'Obscur」のモデルとして登場。さらに先月中旬、グッチのInstagramにエリーさんの写真が掲載されると、80万件以上の「いいね」を獲得し、大きな反響を呼んだ。グッチがダウン症のモデルを起用するのは、これが初めてだ。
2020年7月8日配信finders (https://finders.me/articles.php?id=2105) 文・仲田拓也より引用
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ファッションや美容関係の広告モデルの内、障がい者の割合は極めて少ないという。
グッチのドレスで身を包みマスカラを持って穏やかな笑顔で立つエリーさんを見て、私は4年前に会った穂花さんのことを思い出した。
穂花さんは、当時23歳だった。
彼女は脳性麻痺の後遺症で知能と身体に障がいがある。日中は通所サービス施設などで過ごし、家では仕事で忙しい父母に代わり祖父母が介助していた。

その頃、私は市民課という部署で働いていた。
住民票や印鑑証明を発行し、出生届や婚姻届などを受付け、さらにマイナンバーカードに関わる仕事を受け持つ市民課は、いつもザワザワしている場所だ。
穂花さんのおじいちゃんが一枚の写真を持ってきたのは、ザワザワが少し落ち着きかけた午後3時半過ぎだった。
障がいのある孫のマイナンバーカードを作ろうとしたが、写真でダメだと言われ作れなかった。自分の力ではこれ以上うまく撮れないと。

差し出された写真には、カメラに向かって顔全体で思いっきり笑っている女性が写っていた。証明写真としてはアウトだったその写真は少しブレて顔が斜めになっていた上、頭の右上で切れていた。
2020年現在ではマイナンバーカードの公式サイトに障害や寝たきり等の理由で座れない場合の対応が書かれているが、当時はそこまで配慮されておらず、毎回電話で確認しながら対応していた。
おじいちゃんは、まっすぐ顔を立てられず、長く座っていられない穂花さんを支えながら撮ったので、近寄り過ぎて大きく映してしまったし、斜めになったり揺れてしまったのだろう。そして、いつもと違うおじいちゃんの姿に穂花さんは大爆笑だったのだろう。
銀行の口座を作るために顔写真付の本人確認書類をどうしても作りたいという。
コールセンターに確認したら、申請の時に理由を書き添えてもらったら背景に他のものが写らなければ寝て撮っても良いそうだ。

「他に見せれるような写真は持ってないんや」
「ええ写真なんやけどね、なんとかこれで作ってあげられんかね」
担当者は表情や姿勢を保ち撮影する事が難しいと、もう一度コールセンターへ電話を掛け直したが、ダメという判断は覆らなかった。
穂花さんの写真は後日担当者と自宅へお邪魔して撮る事になったが、おじいちゃんは受付できなかったことを残念がり、少し怒っていた。
写真を一旦はポケットにしまったが、「これ、捨てといて」と入口で案内に立っていた職員に渡して帰ってしまった。

どうしても捨てられなかった私は、メモに一筆書いた。
マイナンバーカードには使えなかったけど、こんなに良い表情の写真はなかなか撮れないと思うとどうしても捨てられない。写真を撮ったときの思い出として家に置いてもらえないかと。

後日、マイナンバー担当の職員とお家にお邪魔して穂花さんの写真を撮った。
撮影は大変だった。
おじいちゃんが少し離れると顔を歪め、カメラから目を離してしまう。それでも、口は開けないでねという言葉は律儀に守ってくれ、何枚も撮った写真はどこか固くてぎこちなかった。
あの写真は、おじいちゃんだからこそ撮れた奇跡の写真なのだ。

帰り際、余計なことかもしれないけどと言い添えて、あの写真を二人に返した。
おじいちゃんは写真をしばらく眺めて、穂花さんを振り返って話しかけた。
「なあ穂花、あんたもお年頃やのに、このごろ毎日ジャージやったなあ。今度は綺麗な服着て写真撮ろな」
「二人で撮った写真一枚もないなあ。次はワシも隣へ並んで良いか」
穂花さんがこの日私たちが見た中で1番の笑顔を返した。


GUCCIがダウン症のモデルを起用し、私たちに送ったメッセージ。
みんなの高嶺の花になるのではなく、あなたが昨日の自分と比べて素敵になろうと思った時のために選んで欲しいというメッセージだと私は解釈している。
主役はGUCCIではなく、あなたですと。
容貌やスタイルの善し悪しや、障がいや病気のあるなしで人を区別するのではない。GUCCIをステータスのシンボルとすることで人から称賛を浴びるためでもない。どんな人でも、ちょっと気分を変えたいときのハレの日のアイテムとしてGUCCIの商品を選んで寄り添わせてよと。

参考:マイナンバーカード総合サイト「顔写真のチェックポイント」(地方公共団体情報システム機構)


この記事は、文章力講座の課題として書いたものを掲載しました。
改めて読み返すと未熟なところもあるのは承知の上ですが、編集はせず書いた時の勢いのまま載せています。
穂花さんたちと出会ったのは約3年前の話です・・・

今となっては美談だけでなくいろいろ思うところもありますが、また後日。

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