外部かつ他分野で院試を再受験した話(工繊→京大)
お話しする内容については題名の通りです。私は学部4回生として院試を受けたわけではなく、大学院生として院試を再受験しました。
結果から言うと合格していました。嬉しいですね。
まずは下記に簡単な情報をまとめます。気になる人は、その先も是非読んでみてください。
再受験を決めるに至った背景
学部4回生の5月頃、3回生の後期から配属されていた研究室を辞め、異なる研究室に移ることになりました。人間関係に窮屈さを感じていたことや、研究で扱う対象がミクロすぎたことなどが、大まかな理由です。
しかし、工繊の夏院試は8月末にあります。つまり、新たな配属から院試まで、約3カ月の猶予しかありません。そのため、卒論に関しては大まかなテーマを決め、本実験のための準備をするくらいで、ほぼ丸3か月間を院試勉強に費やし、そして無事に合格しました。
その後、本格的に卒論に向けて研究を進めていく中で、研究室で出来る研究と自分の興味分野との間に、ズレを感じるようになりました。
もともと私は、生物だけでなく美術や心理学にも興味を抱いており、大学・研究生活を送る中で、「何かを認知する人体のメカニズムを解き明かしたい」という思いが強くなっていきました。また、卒業研究のテーマ自体、修士で継続・発展させることが難しいものであったこともあり、担当教員との相談の上で、進路を再検討することになりました。
そして、その過程で浮かび上がってきた、ある研究手法を行うための機器が工繊では取り扱っていなかったため、再受験をする運びとなりました。したがって、所属している大学院は、入学後すぐに休学の手続きを行いました。
再受験の決意後
まず研究室訪問です。いくつか興味のある研究室にメールでアポを取り、教授や先輩にお話を伺いました。その上で、自身の現状の生活基盤や、興味分野等との合致性等を踏まえると、今回受験を決めた研究室しか条件が一致せず、したがって受験は単願勝負となりました。
受験する研究室を決めた後は、研究室訪問の際に連絡先を交換していただいていた先輩に、過去問や勉強の大まかな流れを教えてもらい、受験勉強を開始しました。
受験勉強(TOEIC)
TOEICに関しては、期限的に院試で使えるスコアがなかったため、受け直す必要がありました。とはいえ、元々のスコアも615点程度で、安心して旧帝大学院の受験に使えるような成績ではありません。
そこで、進路の再検討を開始し始めた4月から5月末にかけて、TOEICのみに集中して勉強をしました。これが正しい選択であったのかは分からず、もしかしたらこの間にも専門の勉強を進めるべきだったのかもしれません。
しかし、ぴったしではあるものの、目標としていた800点を取ることができたので、安心して専門試験の準備を進めることができました。
用いた参考書等は、金フレ・でる1000・公式問題集1・5・10(1と5は大学の講義で購入)の王道と、レベル別問題集 730点突破(東進ブックス)です。後は無料のアプリでスキマ時間に勉強をしていました。
これだけを聞くと、2か月で200点弱アップしているので、元から基礎ができていたのではないかと思われそうですが、試験時間の2時間を集中する事すらままならず、試験当日も大量のブドウ糖に助けられました。
受験勉強(専門試験)
さて、問題は専門試験です。
手元にあるのは9回分の過去問のみ。
先生や研究室の学生さんに、とにかくまずは先生の論文を読むべきと教えていただいていたので、そこから始めました。
具体的な手順としては
これをこなすのに大体丸3週間ほどかかりました。
この段階で、ある程度の基盤は出来てきましたが、まだ過去問を自力で解くには程遠い学力です。
とはいえ、過去問を解かなければ対策の仕様もないので、chatGPTや読んだ論文、その関連文献を駆使しながら、懸命に過去問の解答を制作していきます。これが本当に大変で、生物や数学などとは違い、人文科学という分野(しかも研究室単位のより限局した分野)では明確な答えが載っている参考書や問題集がなく、とにかく複数の論文から関連事項を引用する他手段がなかったため、かなり膨大な時間を費やしました。9年分解くのに丸1カ月半といったところでしょうか。
過去問の解答が制作出来た後は、ひたすらに暗記していきます。その過程で、徐々に内容に対する理解が深まっていくので、足りていない知識や関連要素も勉強していきます。
暗記3週目あたりで、過去問の内容を分野ごとにまとめたワードファイルを制作しました。なぜ現実のノートではないかというと、とにかく暗記量が膨大なため、筆記していては途方のない時間がかかり、腱鞘炎になってしまうためです。ほとんどすべての勉強はパソコン上で行っていました。(試験1週間前に大事なファイルが破損し、挫折しかけたこともありましたが……。)
試験1日目(筆記)
試験当日は、2つのハプニングがありました。
一つに、後ろの席の留学生が筆記用具を全て忘れてしまったらしく、持ち合わせのシャープペンシルと消しゴムを貸しました。(有難いことに、試験後お礼としてパピコを奢ってもらい、一緒に半分こして食べました。)
二つに、なんと試験の問題を解き間違えました。
前半は9問のうち適当に1問を選択する基礎問題、後半は研究室ごとの問題でした。幸い、後半は主観的には完答することができました。問題は前半です。9問から自由に選んでいいとはいえ、通常は自分が志望する研究室の先生が制作した問題を解きます。しかし、私はなんと、自分が受験する先生が制作した問題に気付かないまま、全く関係のない分野の研究室の問題を解いていたことに、試験終了30分前に気づいたのです。何故気付かなかったのか、その原因としては、まず解くべき問題が載ったページを飛ばしてしまっていたこと、次に、問いの内容が志望する研究室の内容とかなり共通していたことが挙げられます。
気づいた時点で、本来解くべき問題に少し着手してみたのですが、終了までに記述が間に合わないであろう可能性と、解答に確信が持てない点が多くありました。そのため、当初の解答のまま臨むことにしました。自分の志望する分野からの視点としてはよく書けたと思いますが、分野としての視点が異なり、問題に対する解として確信を得てない可能性は高いです。その上、4つ小問があるうち、2問しか解けず、うち1問は記述量が足りていない可能性が大きいので、取れていても3割前後程度だと思います。そう考えると、残り30分でも志望する研究室の問題を解き直した方が良かったのかもしれません…。これを書いている今は、まだ合否の前なので、書きながら悔しくて涙が出てきました。せめて、もう少し冷静に考えることができれば良かったですね……。
試験2日目(面接)
まず寝坊しました。最悪です。自宅から試験会場までは、電車とバスを乗り継ぐ必要があるため、1本電車を逃しただけで、乗り継ぎの関係上間に合いません。そのことに電車の中で気づいた私は、すぐさまタクシーアプリを4社入れ、一番早く着きそうなアプリで配車手続きを行いました。最初、指定した乗り場に到着するまでにかなり時間を要したため焦りましたが、目的地を伝える過程で私が受験生だという事が運転手さんに伝わったらしく、急いでいただいた結果、無事開始の10分前には会場に着くことができました。
ちなみにGOというアプリです。頭が上がりません。
しかし、まだハプニングは続きます。全部で15教室くらいが試験会場となっていました。面接開始時刻になり教員が扉を開け、「ええと、〇〇さんですか?」と、指定された教室前で待っている私に一声。しかし、私は〇〇さんではありません。そうです、どうやら○○さんは面接時刻にまだ来ておらず、そして私は教室の場所を間違えたらしいです。
知らない教授に「焦らなくて大丈夫ですよ。」と情けなく慰めてもらいつつ、本来の正しい試験教室(お隣でした)に連れて行ってもらうと、丁度志望している研究室の教授が扉から顔を出して、私を探しているところでした。教員に案内してもらったことで、「面接に遅刻した訳ではありません」の免罪符を手に入れたような気持ちになりつつも、身体中の焦りと緊張がにじみ出た形相で、面接への挑戦がスタートしました。
面接自体は和やかで、圧迫感のある面接では決してありませんでした。
試験官は、志望教員と、同講座の研究室の教授の2名体制でした。面接で聞かれた質問は、インターネットで検索すれば出てくるようなオーソドックスな内容がほとんどで、2問を除いて、すべて予想通りの質問がされたため、スムーズな回答が出来ました。
予測していなかった2問の内容のうち1つは、何故うちの研究室で用いている研究手法に興味を持ったか、という質問でした。自分の中に明確な理由がなかったため、説明時も筋の通っていない、曖昧な説明になってしまい、少し後悔しています。
2つ目は、私が解き誤った前半の問題に関する口頭試問でした。まず、『試験の出来はどうでしたか?』という質問から入り、「後半は自分の力を出せたと思います。ただ、正直に言っていいか分かりませんが、前半を誤って……」と、意図していない問題を解いてしまった過程を説明しました。『そういうこともあるんですね(笑)』と失笑されつつ、『では、私が出した問題では……でしたが、これに対して何か知っている事はありますか?』という、俗に言う所の口頭試問が始まったわけです。実際に出された問題よりも問われていることが抽象化されていたため、3問出されたうちの2問は筋の通った回答が出来たように感じています。(内1問は、答えはしたものの的を得ていたのか確信が持てません。)
試験全体を通して
TOEICが8割(800)点と、専門が最小限に見積もって4割として、全体で6割あると考えると、完全に無いと言い切るには少し早いような気もしないこともないですね…。ただ、英語:専門=1:3の配点なので、もし倍率が高かった場合、専門の成績が高い受験者が合格を勝ち取るのでしょう(面接は公には点数化されていません)。この倍率というのは、おそらく研究科全体で上から順に…といった単純なものではないと考えています。でなければ、成績上位者が一部の研究室に偏った場合、定員オーバーするはずなので。(そのために、院で学歴ロンダを狙うなら人気のない研究室を狙え!という説が蔓延っているのでしょう。)
ここまでの文章は、合格発表前に書いているのですが、もう気が気ではありません。TOEICも含めると丸5ヶ月間、院試勉強以外の事を一切していないので、この生活をまた2月にある冬院試までしなければならないのかと考えると、さすがに気が変になってしまいそうです。かといって、休学中の院に戻って妥協案としての研究テーマに取り組むというのも、まだ納得はできそうにありません。
落ちてもきっと、途端に心の機能がシャットダウンするのではなく、毎日少しずつ蝕まれていくのだと思います。しかも、直線的ではなく、合間ゞに回復もされることで、波に酔ってダメになるんでしょうね。正直今は、落ちた先の事は考えられそうにないです。
合否発表後と今後
受かっていました。よかったですね。上の文章を読んでじんわりと目頭が熱くなりました。
しかし、これからが勝負であって、もし教授の意に反して私に研究に対する適性が無かった場合、双方にとって大きな負担がかかります。入学するまでの半年で、研究に対する基盤を作れるよう頑張ります。また、正直考えたくはないですが、就活の準備も出来る範囲で進めておきたいです。
趣味にはなりますが、現在励んでいるイラスト活動の方も、研究の合間で続けていけるよう頑張っていきたいです。もし下記のイラストが気に入れば、フォローしてもらえるとすごく嬉しいです!
(余談ですが、音楽も好きなので、いつか何かしらの形で活動が出来ればと考えています。まずは1曲を自分ひとりで作りきる努力から始めてみます。)
最後に
外部で、しかも学部の専攻とは他分野の大学院受験は、正直かなり苦しかったです。何より情報を入手する術が、志望する研究室の先輩伝手くらいしかなく、しかもどこまで聞いていいのかもよく分かりません。私の場合、分野的に勉強のための問題集も存在しなかったので、自分の勉強の指針に対して、最後まで自身が持てませんでした。
しかし、なんと残念なことに、これらに対するアドバイスが特には思い浮かびません。強いて言えば、落ちるくらいなら、と図々しさをブーストし、先輩やSNSで見つけた過去の受験者に、少しでも多くの質問をすることでしょうか。後は自分との戦いです。私自身も、自分のやっている勉強に自信が持てず、「全て無意味だったらどうしよう泣」と、毎日寝る前に布団の中でうずくまる日々でした。それでも、自分がわざわざ困難な道を選んでまで勉強したいと思った内容について掘り下げた勉強を出来た時間は、楽しいとまでは言えませんが、苦しいだけのものでは決してありませんでした。
どうかこの記事が、険しい旅路に出る皆さんの役に立つことを祈っています。がんばってください(泣)