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晩秋に読みなおす「三島由紀夫」①映画・評論・評伝

11月25日は三島由紀夫の命日で「憂国忌」としても知られています。三島由紀夫を読みなおす機会です。

2年前の2020年の11月がちょうど50年に当たり、おすすめの本も多く紹介されていました。特に評論家の三浦小太郎さんの初心者向けの解説にはなるほどと思わせます。(本人は雑文家としています。)

私も小説も好きですが、わかりやすい映画や評論、評伝からまず考えてみたいと思います。

映画から三島由紀夫を観る―『潮騒』


三島由紀夫と言えば、華麗な文体と難解な小説の構成で知られます。一方で映画化された作品も多くあります。三島由紀夫を読んだことのない方にも映画などから関心をもってぜひ文学そのものに触れてほしいところです。

中でも『潮騒』は5回も映画化され、昭和50年の山口百恵と三浦友和の主演作と、昭和39年の吉永小百合主演作が有名なのではないでしょうか。

予告編の映像からも、潮の香りと波音が聞こえてきそうです。しかし同時に昭和の匂いが漂ってきます。(吉永小百合が若い・・・)

この『潮騒』は、昭和29年、昭和39年(吉永小百合)昭和46年、昭和50年(山口百恵・三浦友和)、昭和60年(堀ちえみ、鶴見辰吾)の実に5回も映画化されています。

ところが、昭和60年の映画を最後に『潮騒』の映画化はなくなります。

作りすぎて飽きられた、という事情もさることながら、昭和における男女の人間関係や田舎に特有のしがらみなど、この作品の背景とする戦後すぐの昭和20年代の人間関係そのものが、その後に全く異なった感覚に変わって、現実感が全く無くなり、受け入れられなくなったことが、映画もその後作られなくなった要因ではないか、と思います。

登場人物はちょうど20歳前後です。令和の時代に生きる今の20代がこの作品を読んだり、映画を視てどのような感想を抱くのか、ちょっと興味深いところです。

映画から三島由紀夫を観る-『春の雪』


また『春の雪』も有名です。先年に亡くなられた竹内結子さんの代表作と言ってもいいでしょう。

三島由紀夫の遺作『豊饒の海』の第1巻にあたる作品です。映画化でどうなるのか心配しましたが、原作を損ねることなく映像としての美しさと、奏でる音楽の演出で、非常にレベルの高い作品になっています。

時代は明治末から大正初期の貴族階級。『潮騒』とは違い、時代としては既に「歴史」の感覚になっています。戦後には「貴族」が絶滅しました。そうした滅びゆく貴族階級の文化を三島由紀夫の文体が織りなす小説は、他にもありましたが、この作品での美しさは格別なように感じました。

なお、小説の主人公の松枝清顕の住む松枝侯爵邸のモデルと言われるのが西郷従道邸です。愛知県犬山市の明治村にあります。

なおこの『豊饒の海』の擱筆の後、三島由紀夫は最期を迎えます。

三島由紀夫の評論を読む-『古典文学読本』


また、三島由紀夫の評論も私は非常に好きなのですが、特に『古典文学読本』での日本の古典への三島由紀夫ならではの視線が魅力です。

今、私は、自分の帰ってゆくところは古今集しかないような気がしている。その「みやび」の裡に、文学固有のもっとも無力なものを要素とした力があり、私が言葉を信じるとは、ふたたび古今集を信じることであり、「力をも入れずして天地を動かし」、以て詩的な神風の到来を信じることなのであろう。

三島由紀夫『古典文学読本』

私の選ぶ文学作品は、このような文化が二次的に生んだ作品であるよりも 一時代の文化を形成する端緒となった意志的な作品群であろう。それこそは私が「文化意志」と名付けるところのものであり、
(一)神人分離の文化意志としての「古事記」
(二)国民的民族詩の文化意志としての「万葉集」
(三)舶来の教養形成の文化意志をあらわす「和漢朗詠集」
(四)文化意志そのものの最高度の純粋形態たる「源氏物語」
(五)古典主義原理形成の文化意志としての「古今和歌集」
(六)文化意志そのもののもっとも爛熟した病める表現「新古今和歌集」
(七)歴史創造の文化意志としての「神皇正統記」
(八)死と追憶による優雅の文化意志「謡曲」
(九)禅宗の文化意志の代表としての「五山文学」   
(十)近世民衆文学の文化意志である元禄文学(近松・西鶴・芭蕉)
(十一)失われた行動原理の復活の文化意志としての「葉隠」
(十二)集大成と観念的体系のマニヤックな文化意志としての曲亭馬琴

三島由紀夫『古典文学読本』

三島由紀夫の古今集への評価に触発され、私も地元である岐阜県郡上市に「古今伝授の里ミュージアム」があることから、取り上げたことがあります。


三島由紀夫についての評伝・2冊


おわりに、三島由紀夫の評伝は数多く出ていますが、私が納得した2冊を挙げます。いずれも三島由紀夫本人と親交のあった点でも注目されます。

村松剛先生の『三島由紀夫の世界』が最も納得できる評伝でした。

村松剛先生『三島由紀夫の世界』新潮社 平成2年

村松剛先生との10月7日の最後の会話の凄まじい緊迫感が印象に残ります。

――それよりも、『天人五衰』の最終章を書き上げたそうじゃないか。
――え? だれにきいた。
三島はこの一瞬、血相を変えた。新潮社の新田敞からきいたのだったと思うが、その説明はしなかった。
――『果たし得ていない約束』を読んで、驚いたんだよ。あの文章は、ただごとじゃないです。心配になったので、こうして時間をつくってもらった……

――ふ―ん。きみにも日本語がわかるのか。フランス語しかわからないのかと思っていた。

これをきいてそばにいた伊澤氏が、「何て失礼な」と呟いた。そのことばは撤回してほしいとぼくがいうと、
――きみは頭の中の攘夷を、まず行なう必要がある
目を据えて三島はいった。血走った目は、いまも忘れがたい。飯沼勲の目だ、とばくは思った
『仮面の告白』いらいの三島は自分を「他者」にしようと努力し、その努力を通じて大衆社会の一個のヒーローとなって来た。『仮面の告白』でも『潮騒』でも、読者は彼の演じた「他者」に喝采を送った。いいかえれば大衆社会を逆手にとって、生きて来たではないか。
――そのとおりだよ、
と彼はこちらのことばを、途中からひきとってこたえた。
――大衆社会を逆手にとって来た。しかしそれがもういやなんだよ。

村松剛先生『三島由紀夫の世界』新潮社 平成2年

「飯沼勲」は、『豊饒の海』の第2部『奔馬』に出てくる青年です。

西尾幹二先生『三島由紀夫の死と私』PHP研究所 平成20年

西尾幹二先生は『ヨーロッパ像の転換』での三島由紀夫の推薦文「この書は日本人によってはじめて書かれた「ペルシア人の手紙」である」が出るに至る経緯があります。

『ヨーロッパ像の転換』が新潮選書として出版されたとき、手塚富雄先生と一緒に推薦文を書いてくださったのです。それまでに私は三島さんとご面識すらありませんでしたが、機縁がなかったわけでもないのです。三島さんと手塚先生との間でニーチェをめぐる大変に魅力的な対談が行われていました。中央公論の世界の名著『ニーチェ』の巻の月報でした。今でも思い出して話題にする人がいますが、じつはこの巻で『悲劇の誕生』を訳していたのが私でした。

西尾幹二先生『三島由紀夫の死と私』PHP研究所 平成20年

日本文化の「西洋化」という宿命とそこからの自立のための闘争はある意味で矛盾に満ちていて悲劇的であり、彼の生き方のいわば原理であって、長篇小説の制作においても同じ原理に貫かれていたと言いたいのです。それは「西洋化」を捨てて「日本文化」へ向かうという意味ではありません。「純粋日本の敗北の宿命への洞察力」と言っているではありませんか。「純粋日本」などというのは観念であって、そんなものはもうないと言っているのです。

西尾幹二先生『三島由紀夫の死と私』PHP研究所 平成20年


中公の世界の名著『ニーチェ』で西尾先生訳の「悲劇の誕生」
西尾幹二先生『ヨーロッパ像の転換』新潮選書

なお、この西尾先生のデビュー作に対して、老齢の先生が雑誌『正論』で連載したのが『戦争史観の転換』です。これについては拙稿をご参照いただければ、というところです。


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