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中編小説#1(2/6) 警視庁機動隊爆発物処理専門部隊ボマー川崎

 それは突如として上空に現れた。人はそれを未確認飛行物体と呼ぶ。
 ペガサスのような空想上の存在だと思っていた未確認飛行物体が、人間の目にはばかることなく姿を現した。己のまなこでその存在を認知してしまったことで一気に血の気が引いた。それはきっと私だけではないはずだ。

 未確認飛行物体といえば銀色でコーティングされた円盤型の飛行物体を思い浮かべるだろうが、上空を支配しているソレはまったくの別物だった。別物であっても未確認飛行物体には違わない。そのフォルムは飛行船のような丸みを帯びているわけではなく、貨物船や旅客船のような、どこからどうみても巨大な船のカタチをしていた。船は船でも屋形船みたいな賑やかしい船ではない。もっととげとげしく禍禍しいものだ。

 それを一目見れば、誰もが口を揃えてこう言うだろう。

「宇宙船…」

 現実は小説よりも奇なり。その宇宙船は人類の技術では造ることができないであろう特殊な装甲をしている。空が蜃気楼のようにゆがみ、そのゆがみが強い部分から宇宙船が現れた。宇宙空間から大気圏を突破して地球にやってきたというより、ワープしてきたといったところだろう。

『ただちに避難してください。繰り返します――』

 うううううぅぅぅ。けたたましい警報のサイレン音が胸のざわめきを強くさせる。あれらをみて何かのセレモニーだと思う者は、平和ボケしている者か、はたまた現実を受け止めきれずに逃避している者だ。学生の頃に読んだ小説『人類滅亡パンナコッタ』が頭に浮かんだ。

「あぁ、つくづく私はついていない」

 警察官を辞めて一ヵ月が経過した。今でも爆発処理の夢をよく見る。耳を塞いでも誰かの泣き叫ぶ声が耳に残っている。それほどまで爆弾処理をしていた日々の苦い記憶は私の体に植え付けられてしまっていた。帯状疱疹も神経痛も治らない。だから気分転換に旅行へ行こうとしていた。それが今日だった。それなのに家を出たら地球が侵略の危機にさらされていて。

「いっそすべて破壊してくれないかな。なんて」

 願いなんて一ミリも込められていない冗談だった。だけど私の声を聞き受けたみたいに宇宙船から閃光弾のような眩しい光が放たれる。

 ピュキン――ドドドドドドンッ。

 爆発よりも重厚な音に続いて大地が揺れた。アスファルトが盛り上がって、パズルのピースのように分断されていく。電柱にしがみついていないと立ってられないくらい大きい揺れだった。

「うそっ…」

 スマホには『スカイツリー消滅』のゴシック文字とスカイツリーが跡形もなくなっている映像が速報で流れる。私が爆発させて三分の一をぽっきり折ったスカイツリーが侵略者によって消滅させられてしまった。ガッツポーズしかけた拳を左手で抑える。喜んでいる場合か。死んでしまったら元も子もない。

「とりあえず家に帰って荷物をまとめて避難所に」

 幸いにも家からそんなに離れていない場所にいる。服や生活必需品はキャリーケースに入っているため、通帳とか大事なものだけ取りに行こう。急ぎ足で来た道を引き返す。道中で何人もの人達が慌てふためいて避難所に向かって走っていた。そりゃあそうだ。あんなレーザービームを見てしまったら命の危機を感じざるおえない。

 だけど私は冷静でいられた。命がけで数多の爆弾を処理してきた経験のおかげで冷静でいられるのか、はたまた恐怖の感情が欠如しているのか。どっちにしろ嫌だなと感じた。

「何してんだいお嬢さん、避難所は反対方面だぞ」
「あ、お構いなく」

 緊急事態だというのに相手のことを気遣える優しい人もいるようだ。なぜだか豊部長が頭に浮かんだ。どうやら彼は私の中でだいぶ大きな存在だったらしい。

「優菜《ゆうな》先輩!!」
「あ、お構いなく」
「『お構いなく』、じゃないですよ。ようやく見つけました」
「へ?」

 心優しい通行人かと思いきや、聞き覚えのある声に私は足を止める。ふり返るとそこには男性が立っていた。短髪でメガネをかけた若い男。私は彼を知っていた。

川北かわきたくん…?」

 そこに居たのは機動隊爆発物処理専門部隊の同僚であり後輩だった川北くん。

「先輩のこと捜していたんです。来てください」
「えっ、あ、ちょっとどうしたの」

 彼の大きな手は私の二の腕を掴み、そのまま強引に引っ張っていく。そして路上駐車していた白いワゴン車に乗せられた。後部座席にはヘルメットや分厚いシールドなど荷物がぎゅうぎゅうに積まれている。爆弾処理の現場へ行くためによく使っていた公用車だった。

 あいかわらず車内は火薬の匂いが充満していた。嫌な懐かしさに気分が悪くなる。でも公用車を使っているということは、どうやら彼が個人的に私を誘拐したわけではなさそうだった。

「もしかして避難所まで連れて行ってくれるの?」
「……」
「川北くんの沈黙は否定ということだね。お願いだから用件だけは言ってくれないかな」
佐渡さわたり警視総監がお呼びです」

 警視総監というパワーワードに言葉がのどが詰まる。嫌な予感がした。

「もしかのもしかして、あの宇宙船は関係ないよね」
「関係あります。あ、優菜先輩。そこのスマホのサイレントモードを解除してくれますか」
「あ、うん」

 画面のボタンを押すとトランシーバーを使っているようなノイズ音がした。しかしすぐにクリアな音で『やあ元気にしていたかい川崎巡査』と私の名を呼ぶ。緊急事態なのに陽気な声だった。巡査じゃない、とツッコミを入れたくても過去の自分がやめろと制止させる。まさかもう一度話をするなんて思いもしなかった。

「…お久しぶりです、佐渡警視総監」
『ちゃんと栄養のあるご飯食べていたかい? 君は昼夜問わずいつもカップラーメン啜っていた記憶があるから心配だったんだよ』
「カップ麵は卒業しました。今はインスタント麺にしています」
『あはは、よかったよかったちゃんと成長しているね。数年後にはラーメン屋でもオープンしているかもしれないね』
「そうかもしれないですね」

 佐渡警視総監の話しぶりはいつも通りだった。警視総監室に呼ばれたときも最初は軽い雑談から入り、そのあとに声のトーンを変えて本題に入る。

『緊急事態だから単刀直入に言おう。君に処理してほしい爆弾がある』
「だと思いました。嫌です」
『ハッキリものを言えるようになったじゃないか川崎巡査。君の成長が嬉しいよ』
「川北くん、降ろして」

 シートベルトを外すと警告音が鳴る。それでも川北くんは運転を止めなかった。

「降、ろ、し、て」
「でも先輩……っ、さ、佐渡警視総監!」

 困り果てた川北くんは佐渡警視総監に助けを求めたが、私の意思は固かった。佐渡警視総監が何を言おうと降りるつもりでいた。もう関わらないと決めたのだから。

『川北主事。無理強いはさせないと約束しただろう。私は川崎巡査の意思を尊重する。すまなかったね川崎巡査』
「…いえ」

 佐渡警視総監の一言で車は止まった。そんな簡単に引くとは思わず呆気に取られてしまう。

 逃げ惑う人たちを横目に、車に積んでいた荷物を下ろす。川北くんは悔しそうに地面を睨みつけていた。昔の私なら良心が痛んで思い留まっていただろうな。

「それじゃあ…失礼します。ごめんね川北くん」

 佐渡警視総監と川北くんに一言告げてキャリーケースを転がす。近くに避難所が開設しているそうだからそこを目指そう。いまさら家に帰ることはしない。そう思って歩き始めたときだった。上空で気になるものを見つけた。宇宙船に近づいてようやく認知することができた。宇宙船から数えきれないくらいのコードが伸びている。

「川北くん、あのコードはなに?」
「……遊戯だそうです」

 思わず「は?」と聞き返してしまう。遊戯とはどういうことか。

『川北主事、それ以上は――』、佐渡警視総監が止めに入るが、川北くんは警視総監の命令を無視して話を続けた。

「あの宇宙船から伸びているのは1460本のコードです。そのうち半分の730本は宇宙船の一部が爆発する仕組みとなっています。きっと730本すべて切ればあの宇宙船を迎撃できるでしょう。だから優菜先輩に処理してほしかったんです。あなたならすべて爆発させることができる」
「残りは?」
「……」
「半分は宇宙船を爆発させるコードであることは理解した。それじゃあ残りの730本はどこに繋がれてるの?」

 川北くんは唇を震わせながら「心臓です」、と小さな声でそう言った。

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