短編小説#10 ボンジュール学園BL化計画
『ボンジュール学園』とはいわゆるお嬢様学校であった。
純白のお城のような校舎。教室や廊下、制服ですら穢れの知らない白色で統一されている。
セキュリティは最新の技術を駆使したものを使用。挨拶も『ごきげんよう』から始まり『ごきげんよう』で終わる。徒歩で登下校する者は誰ひとりおらず、送迎の待ち時間はアフタヌーンティーを嗜む。そんな絵に描いたようなお嬢様学校がこのボンジュール学園である。
だが昨年度から学校の方針でボンジュール学園は男女共学へと変わった。
『恋を知れ、さすれば立派なレディとなれるだろう』という校長の意向によるものだった。突然現れた『男』にお嬢様たちは困惑するも興味津々。
もちろん入学してきた男子生徒は全員がお坊ちゃまである。
某有名企業の社長の息子、裁判長の息子、石油王の息子、etc.…。甘い笑顔から薔薇の花が飛び出すようなイケメンぞろい。低重音なボイスが穢れを知らないお嬢様たちの耳を犯す。
白色は何色にも染まってしまう。それゆえ白色に混ざりこんできた『男』という異色に、お嬢様たちはたちまち染まっていく。
『BL(ボーイズラブ)色に』
ボンジュール学園の一階にある女子トイレ。そのトイレの右から三番目の個室、そこは地下会議室に通じる入口となっていた。
流すボタンを八回連続して押すと便器が奥の壁に収納され、地下に通じる階段が現れる。そこを下っていくと地下会議室の入口に到着するのだ。
他にも体育館倉庫の床、音楽準備室の壁面などさまざまな場所から地下会議室へ行くことができるが、そこへはボンジュール学園のお嬢様以外は入ることができない。指紋認証、色彩認証などいくつものセキュリティを突破してたどり着くことができる。そういった整備もお嬢様の財力を持ってすればカンタンであった。
そんな地下会議室は完全防音壁に囲まれた千人規模が入れる広大な会議室となっていた。各机には一台のノートパソコンが設置され、壁面はモニターとしても使えるように液晶型となっている。
そして今日も会議室には数百人ものお嬢様たちが集まっていた。
「マイクテスト、テステス……はい。皆様、ごきげんよう」
金髪で縦ロールのお嬢様がマイクでそう告げると、数百人ものお嬢様たちが一斉に立ちあがり、「ごきげんよう」と挨拶を返した。彼女らのごきげんようは普通とは鍛え方が違う。声が重なり会議室全体が震える。
「着席なさって。皆様、本日もお集まりいただきありがとうございますわ。皆様に報告させていただきたいことがありましてよ。各自、机に置いてあるパソコンにデータを送信しましたのでご覧になって」
カチカチっとクリック音が鳴りだすと、どこからか「きゃっ」と可愛らしい声か漏れた。パソコンの画面に映し出されていたのはふたりの男子生徒の写真だ。昼休みに中庭のベンチで仲睦まじくお弁当を食べているBL要素のない画像であるが。
「彼らは新規よ。今回は彼らを要観察対象にするか否かを話し合いましょう。では、この画像を見て気づいたことがあったら挙手を」と金髪縦ロールのお嬢様が告げた途端、一斉に手が上がった。
BL好きはBLについて語りたい生き物である。金髪縦ロールのお嬢様はビシッとひとりのお嬢様を指さした。
「ではそこのアナタ。答えてみなさい」
「ご指名ありがとうございます。ではご説明いたしますわ。まずこのふたりのお弁当に注目してください」
男子生徒が持っている弁当が拡大される。卵焼きや冷凍ハンバーグ、ほうれん草のお浸しなど、一見すれば彩り豊かな普通の弁当に見えるが。
「彼らが食べているお弁当は市販のものではなく手作り弁当。しかもお弁当箱や具材がまったく同じ。これは片方の男子が二人分作ってきたと推測できる。この時点で3BLポイントですわ」
「そのとおり。他にも気づいた点をおっしゃって」
「はい」
指名されたお嬢様は、まるで写真の世界に入り込んで彼らを観察しているような、まばたきもせずジッと見つめる。
「このお弁当はサプライズで用意されたものであると読み取れるわ」
「どうして?」
「なぜなら男子生徒の横に食べかけのパンが置いてあるのです。これはパンを食べている途中で『お前、最近パンばっかり食べてるよな』『しょうがないだろ。忙しくてまともな昼飯を用意する時間がないんだよ』『実はお前の分の弁当も作ってきたんだけど』『まじでお前が作ったのか!? 本当に貰ってもいいのか?』『ああ、そのために作ったんだからな』という会話がされていたに違いありませんわ。恥じらいながらもお弁当を渡す、そんな初々しさを感じさせる良いBL……これはBLポイント2点加算ですわ」
すっきりした顔で言い切るお嬢様に拍手が巻き起こる。どうやら全員が同じ考えだったらしい。金髪縦ロールも頷きながら机に置いていたマイクを握った。
「合計5BLポイントいただきましたわ。でもここにも注目してほしいのですわ」
金髪縦ロールのお嬢様は遠隔操作で画像のとある部分を拡大させた。それは男子生徒の間に置いてある紙パックのジュース。
「ま、ままま、まさかこれはっ!」
どよめく会場。緩みかける口元を引き締めようと、ぐっと力をいれるお嬢様もいた。そんな彼女らの口元を決壊させる一言を、金髪縦ロールのお嬢様は述べた。
「そう。ふたりの間にひとつの紙パックジュース。これは間接ちゅーの発生ですわ!」
「はぁーーーー、尊いですわぁぁぁっっ」
両手で顔を覆い、天井を見上げるお嬢様たち。この姿を学園長が目にしたら何を思うだろうか。
「これはBLポイント10ですわ。合計15BLポイント……要観察対象認定だとわたくしは思うのですが同意いただけるものは挙手を」
挙手だけでは足らず、お嬢様たちはスタンディングオベレーション。興奮しているせいか拍手の音が爆音になっていた。
「ありがとうございますわ。では今後もこのふたりを見守りましょう。では続いてこの画像を――」
それから三枚ほど写真が表示された。議題はそれだけではなく、観察対象となった生徒の中間報告や新規観察対象者の抽出、カップル成立の瞬間を見逃さないため監視カメラや盗聴器等の設備の新調について。およそ2時間にもおよぶ会議がされたのであった。
「これにて本日の議題は終了ですわ。では最後にボンジュール学園BL化計画の基本方針についてご唱和を」
お嬢様たちはその場で立ちあがり、両手を腹に当てて口を開いた。
1 男と恋愛禁止。
わたくしたちはBLの影となり、見守り続ける。
2 邪魔者は排除。
この学園において男と付き合おうとするものはいかなる理由があろうとも排除する。けれど男の三角関係は許す。
3 BLを愛し、BLの為に尽くせ。BLのために尽力せよ。
「BL万歳、BL万歳!!」
「BL万歳、BL万歳!!」
こうしてお嬢様たちのよる秘密の会議が終えた。
このボンジュール学園のなかに男子生徒ひとりに恋をするお嬢様は誰もいない。男子生徒同士が恋をするのに恋をするお嬢様たちが集まる。歪んでしまったお嬢様たちが集まるのがボンジュール学園であった。
こうしてボンジュール学園BL化計画は着々と進んでいくのであった。
同刻、お嬢様たちがいる地下会議室の数百メートル離れた場所に同じような地下会議室が造られていた。そこに集まるのはボンジュール学園に入学したお坊ちゃまたち。
「会長……そろそろ時間が」
薄暗い会議室には数百人もの男子生徒が座っていた。彼らはパソコンに映し出された写真を真剣に見つめている。女子生徒同士が手をつないで歩いている写真を。
「ああ、では始めようか。ボンジュール学園百合化計画を」
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?