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四半世紀恋愛珍道中④

恋愛大魔境編(後編)


いざこざがあったバイト先の人間関係も、当人達が居なくなったので私はのびのび働いていた。

覚えることは多く客商売ならではの辛さもあったが、お給料も悪くなかったし変な同僚もいなかったのでなかなか働きやすい職場だった。

ある日、高卒の社員Aが主任として赴任してきた。私よりも2つ歳下だが、肩書きは主任だから上司である。
やたらと背が高くツーンとした顔で、どちらかといえば親しみやすさは薄い。18歳か若いな、舐められないように気張ってる感じやなー、でも上司だからそれなりに接しないと駄目だな、くらいに考えていた。

ひと月ふた月経った頃、私は何故かすっかりAに気に入られてしまっていた。
確か漫画やアニメの話題で少し雑談をしたような気がするが、それ以外で特に気に入られるような覚えはない。

しかし意識して職場を俯瞰してみると、明らかに私は贔屓されている。閉店後に皆で賄いを食べる時は必ず隣に座ろうとするし、私が他の男子と話していると露骨に機嫌が悪い。私が体調を崩した時は、何故か持ち場を離れてまで休憩室に同行しようとする。付き合ってもないのにめちゃくちゃ彼氏面してくる…重てぇ…何だこいつ…

ちょうどその頃、辞めたMと友達同士で入店していたSともよく話すようになった。穏やかで存在感が薄く、細身で色白な風貌もあってか水彩画のように淡い人だった。

Sはじわじわと面白みが出てくるスルメタイプの人で、たまにちょっと面白い発言をするのが良かった。私は元々こういうタイプの人間が好きなので、たまに雑談しては癒されていた。
昔から一緒に働いていたのにあまり話す機会がなかったよね、と言ったら「君と話すとMが怒るから話さないように気を付けていた」らしい。M…お前ほんま最悪やな…

情報量が増えて申し訳ないが、新入りの男子Uもいた。体育会系のがっちりした体つきに似合わないふわふわの笑顔が可愛いもふもふの大型犬のような子で、確か1つ歳下だったと思う。
Uは性別を感じさせない独特のふわふわ感が心地よくて、賄いを一緒に食べたり帰りの駅までたまに一緒に帰ったりしていた。

1年以上働いていれば人の新陳代謝も進み、クセ強な人が抜けて癒し系だけが残るという居心地満点の職場環境になった。

やたらと同僚をつまみ食いするお色気女子も辞めたし、私とワイン売りの成績を競って無茶な接客をしていた副業OLも辞めた。
Mはとっくにいないし、A主任のイキリが少し鬱陶しいが概ね平和である。

因みに初登場だがインテリヤクザみたいなマ~ジで怖い店長がいて、彼を恐れるあまり誰もしょうもない行動が取れなかった(私は一回下手をこいておしっこ漏れそうなほど怒られたことがある)

ここら辺でお気付きの方もおられるかもしれない。

何となく…ほんとに何となくだが「A主任・S・Uの全員からうっすら好意を向けられている」ような気がしてならんのやが…?と感じるようになった。

A主任は露骨に私をかまってくるので流石にバレバレだ。最近は調子に乗って「疲れたから癒してくれ」とか言いながら抱きついてくるようになり、流石にこれには閉口して怒った。
仮にも社員が勤務時間中に公私混同すな。それ以前に私はお前の彼女ではない。

他の2人はよく分からない。ただ何となく慕われている感はある。他の女子よりも明らかに距離感が近い。

私は人の好意に本当に鈍感で、それはひとえに「私なんて人間がそんな滅相もない…」という自己肯定感の低さに由来しているのだろう。思考に強烈なバイアスがかかっているのだ。

しかしここまで来ると、それを表に出すとかえって嫌味になるなというのも分かってきた。

認める。私はこのバイト先に来てから明らかに「入れ食い状態」である。(※食ってはいません)
何故か分からないが、他の綺麗な子達を差し置いてやたらとモテている。それもちょっと理解し難いようなレベルで。

当時は理由が分からなかったが、今なら何となく分かる。私は恐らく男性にとって「ちょうどいい感じの女」だったのだ。

気後れするような美人ではなく、ヤバいほどブスでもない。いつもニコニコしていて愛想が良く、中肉中背で隣に並ぶイメージがつきやすい。音楽や漫画やアニメやファッションの話にソツなく乗ってくれる。一緒にいてもお金がかからなさそうだし、何でも「いいよ~」と受け止めてくれそう。

中の中の女、という表現がしっくり来る。恋愛はしたいが良い相手がいないという奥手な男性のちょうどいい受け皿、それが多分当時の私だった。冷静に書いてたらちょっと悲しくなってきたな…

色んな人のうっすらとした好意に見て見ぬふりをしながら働いていたある日、バイト先の皆で飲み会をすることになった。おや、嫌な予感がしますわね。

果たして嫌な予感は的中した。3人が互いに牽制し合いながら私の隣の席を確保しようとしてくるのだ。表面上はシレッとしているが、明らかにバチバチの水面下バトルが繰り広げられている。
この辺まで来るともはや「好かれて嬉しい」という感情は既になく、「…頼むから波風を起こさんとってほしい…」と心の中で懇願していた。

何で私がお前らのめんどくせぇ感情に付き合わないといけないんだ…?ふつふつと怒りが込み上げてきて、それをかき消すように私は飲んで飲んで飲んで飲みまくった。

今でこそ酒は全く飲まなくなったが、20代はそこそこの酒飲みだった。ただしめちゃくちゃ弱い。すぐに全身赤紫になるし、頭痛もするし、飲みすぎたら吐く。何より酒癖が死ぬほど悪い。笑って泣いて絡んで、糸が切れたらそこら辺で寝る。

こんな訳分からん三つ巴の戦いに巻き込まれてたまるかよ、お前ら人のことなんやと思とんねん~~~!
私はぷりぷり怒りながらぶりぶり飲んだ。全く記憶はないが、多分相当厄介な酔い方をしたと思う。

気が付いたら終電間近の改札にいた。同僚の女の子が連れてきてくれたらしい。「ちゃんと帰りーや!またね!」と心配してくれていた。

そこで真っ直ぐ帰ったら良かったのに、私はベロベロに酔っ払っており、何故かまた梅田の繁華街に向かって歩き始めた(記憶があんまりない)

次に気付いたら、梅田の東通商店街のド真ん中で大の字に寝ていた。とっくに深夜0時を回っている。
通りすがりの誰かが「大丈夫?」と道の端っこに連れて行ってくれた。

ひとりになって、急に人恋しくなった。まだ酒は全然抜けておらず、頭はガンガンするし足元もぐにゃぐにゃで、心は空っぽだった。
ここら辺の記憶がほぼ欠落しているが、確かに誰かに電話をかけた。そして、誰かが来てくれた。ような気がする。安心して、また意識を手放した。

目が覚めると、見知らぬ天井があった。

隣を見た。Sがいる。

???

あら。あらら。私、服着てませんね。ここ明らかにホテルの天井ですね。

やらかした~~~!!!


そう、やらかしてしまった。私はやらかしてしまったのです。
人間、こんなにごっそり綺麗に記憶が抜け落ちることあるんやねというレベルで何も覚えていない。しかしよく来てくれたなこの人。

めちゃくちゃ気まずいながらも「あの…」と声をかけると、Sは満ち足りた笑顔で返してくれた。すんませんなんも覚えてなくてほんますんません…

外はすっかり朝だった。朝日が眩しい。私の穢れた魂をこのまま浄化してほしいし、いっそ消えてしまいたい。
そんな私の内心も知らず、Sは私を家まで送ってくれるらしい。優しいっすね…その優しさが今は辛いっす…

最寄り駅に着いて、「あっ流石にここまでで良いです」「いやもう少し家の近くまで行くよ」みたいな問答をやっているとメールが届いた。こんな時に誰や。Uや。

U「本当は飲み会の帰りに言いたかったけど言えなかったから今言います。ずっと好きでした。」

……よりによって今言うんか~~~い……

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