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四半世紀恋愛珍道中⑤

何とまぁ、一日足らずで①~④まで書き上げるとは思わなかった。

これは④と同時期にあった話で、ほんとにちょっとしたエピソードなので①~④まで読んで胃もたれした方に向けての一服の清涼剤になれば良いなぁと思って書いた小話。

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結婚を迫る男に軟禁されかけた話


一服の清涼剤とは…?

不穏なタイトルだが、内容はマイルドなので大丈夫です。

私は居酒屋と掛け持ちして週2でカフェでもバイトしていた。
カフェといってもスタイリッシュさは微塵もなくて、大衆的なメニューと強気な価格設定で客はあまり入りそうになかったが、梅田のド真ん中という好立地のお陰でそこそこ繁盛していたように思う。

ある日、東京から仕事でやってきたというお客さんに声をかけられた。どうやら新人ミュージシャンのマネージメントをしているらしく、たまに大阪出張に来るらしい。

お客さんから話しかけられることはたまにあるが、二度三度と訪れてその度に長話をされることは珍しく、ありがたい半面ちょっとしんどいなと思っていた。
歳は私より10近く上らしい。東大卒で、何かクリエイティブな仕事がしたいと思ってこの業界に入ったそうだ(聞いてもないのに全部喋られた)

4,5度目の来店だっただろうか。連絡先を聞かれ、まぁそれくらいならいいかと交換した。マネージメントしてる新人バンドの新譜もついでにいただいた。
それなりにミーハー心もあったので、「業界の人」と知り合えたのもなんかカッコイイなーくらいに軽く考えていた。

カフェのバイトを辞めてからも時折メールが届き、大阪に行くから会えないかと誘いを受けたが、当時は彼氏がいたり大学が忙しかったりしてなかなか折り合いがつかない。

その内彼のことは綺麗さっぱり忘れていたが、例の居酒屋で人間関係に揉まれまくって疲弊していた頃、久しぶりにメールが届いた。

「どうしても会って食事がしたい」というので、何だかえらいシリアスだなぁ相談したいことでもあるんだろうか…と勢いに負けて「いいですよ」と返した。

阪急32番街の夜景が見える高層ビルの中にある創作居酒屋に行った。折角高層階にあるのに、窓のない店だったので夜景もクソもなくて笑った。

彼はポツポツと近況を話し出した。聞いてもないのに。酒をがぶがぶ飲む姿を見て、あぁ何となく相当参ってはるんやろなぁと思って静かに聞いていた。私は優しいのだ。その優しさが毎回命取りになるんですけども。

今仕事があまり上手く行っていないらしい。
親も高齢になり体調を崩しがちで心配している。
東京に恋人のようなそうでないような女がいるが、僕の心は別にある、らしい。

んーなんか雲行きが怪しくなってきたな。あと呂律も怪しいなこいつ。


「…結婚してほしい」
「………は?今なんと」
「僕には君しかいないんだ、忘れられないんだ」
「ちょっと待ってください私達付き合ってもないですし食事に行ったのも今日が初めてですしお前は聞いてもないのに自分のことベラベラ話すけどお前は私のことなんも知らんやろ」
「東京の女とは別れる!だから…!」
「いや東京の女のこと大事にしてくださいよ私のことはいいんで」
「結婚してくれるって言うまでここから帰さない」
「いやちょっと待てよお前店員さん助けて」

この具合である。
かなり酔っており、上記の押し問答が永遠に繰り返される。ラストオーダーが終わり、他の客も次々に退店していく。

やがて私達が最後の客になり、ベロベロに酔っ払って求婚してくるおっさんを白目剥いて眺める私、を固唾を呑んで見守る店員さん達、という意味の分からない状況になった。

「君を軟禁してでもyesと言わせる」
「いや軟禁もクソも普通に店から出られますし、お店の人みんな心配してますし帰りましょう」
「嫌だ…愛してるんだ…」
「ちょっとほんまにやめてくださいよいい大人が恥ずかしい、ちょっとぶん殴って意識飛ばしてもいいですか?行きますよ?」
「…」

酔い潰れおった。あぁもう最低である。
仕方ないので2人分の会計を私が払い、店員さんに手伝ってもらって店から追い出した。
冷たい水を飲ませ、店外のベンチで休ませる。なんで私はひとまわり近く歳上のおっさんの看病をやってるんだろうか。

少し落ち着いたのかぱちくりと目を開けたので、すぐさまエレベーターに放り込んで1Fにおりた。帰りたい。私は一刻も早くこのおっさんを放り出して家に帰りたい。

意識を取り戻したおっさん、正気に戻ったかなと思ったら人通りの多い往来(阪急百貨店の真ん前)で私に抱き着き、やめろやボケと振り払ったら足に縋り付いて「結婚してくれぇぇえ」と叫んだ。

すまん、もう本当に勘弁してほしい。ここはいつ知り合いに出くわしてもおかしくない私の庭なんだ。こんな現場を誰かに目撃されていたら、私は社会的に死んでしまう。

本当はこのまま放置して走り去れば逃げることもできたのだが、それは流石に寝覚めが悪い。

私は優しいので肩を貸して起き上がらせ、「ビジホ取ってるんでしょ、どっち方面ですかタクシー乗り場まで行きますよ!」とちゃんと連れて行ってあげた。本当にえらい子だと思う。

そのままタクシーに乗せた。あとは野となれ山となれ。
私の仕事は終わったので、とんでもない疲労感を押し殺して帰宅した。

連絡先は消して、私の中では何も無かったことにした。あれきり連絡はない。東京の女とは上手くやっているだろうか。

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