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四半世紀恋愛珍道中②

初恋がしんど過ぎた私は、「愛するよりも愛されたいマジで…」「というかもう恋愛は暫くやりとうない…」としおしおになっていた。

そんな折、初めてのナンパに遭うのである。あれはナンパと言っても良いんだろうか。今でもよく分からないが、恋愛に至らずとも私の中では記憶に残る一日だった話をひとつ。

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ストーカーだと思ったら好青年だった

ある土曜日の昼下がり、江坂の東急ハンズに行った日のこと。私は当時から香り物や雑貨が好きで、月に一度はハンズで可愛いものを物色したり、また創作オタクだったので画材を見に行くなどしていた。

店内を歩いていると、何となく背後から視線を感じる。ような気がする。振り返るのも自意識過剰かなと思いながらも背中に全神経を張り巡らし、「もしかして万引きと疑われてるんだろうか」とソワソワしながらとりあえずフロアを変えてみた。

2階に行っても相変わらず謎の気配は消えない。正体不明の視線に怖くなり、急いで会計を済ませ一旦トイレに避難した。
変質者か?昔紀伊國屋書店でおっさんに追いかけ回された苦い記憶が頭をよぎる。
誰かに相談してみようか。いや気のせいだったら恥ずかしい。こんなに人の多い場所でいきなり何かされることは無いだろう。本当に気のせいかもしれないし、とりあえず今日はそろそろ帰ろう。

トイレを出てキョロキョロすると、もう視線は感じない。周りに怪しい人物もいない。やっぱ気のせいだった。

エスカレーターに向かって歩こうとすると、背後から再び視線を感じる。うぉぉぉ…気のせいじゃないわこれ絶対見られてるこわ…!何これこわっ…

空調はしっかり効いていて涼しいのに、嫌な汗がどっと噴き出す。
エスカレーターに乗ろうとしたその時、背後から「あの…」と声をかけられた。振り返ると、黒髪長身の若い男性が立っていた。
びっくりして固まっていると、「ずっと見てたんです、どうしても話がしたくて気になって…話したかったんです」と気まずそうに切り出された。

なんか分からんが、とりあえずめちゃくちゃ私と話がしたいらしい。明らかに変な人、ではなかったのでまずはそこに安堵した。

「話ですか…そしたら下のミスドとか行きますか…?」「えっいいんですか」「いやあの、お腹も空いてるんで」
気の抜けた会話をしながら、何故か私が先導して歩く形になった。何で私がリードしてるんだろうか。

どうやらストーカーかと思ったらこれは巷間で言われるところのナンパというものらしい。
ただ、私はめちゃくちゃ疑っていた。ひとたび気を許したら最後、羽毛布団と壺を買わされる可能性がある。あるいは新興宗教の勧誘かもしれないし、ひょっとしたらアム○ェイというパターンもある。

大体昼下がりのハンズで長々と人のあとをつけてナンパしてくるのおかしいやろ。私は目を引くような美人ではないし、どちらかといえばブスに分類される方だ。今よりかなり痩せてはいたしメイクもしっかりしていたけども、それでも痩せて粧っただけのブスなのだ。

「よくこんな感じでナンパしはるんですか」
「視線を感じて死ぬほど怖かったんですけど」
「壺買わされたりしないですよね」
席につくなり思わず詰問口調になってしまう。

彼は困った顔で「いやこんなの初めてで、なんかこう、いても立ってもいられなくなってつい」「凄く好みで、話したいなと思ってしまって」「壺ってなんですか…笑」と笑った。

ここで初めてまじまじと相手の顔を見た。華やかではないが、整っていて理知的なイケメンだ。声も良いし、話し方も良い。何となくだが、誰彼構わずナンパするような手合いにも見えない。

ドーナツとコーヒーを挟んで、一時間ほど話をした。私より少し歳上で、母子家庭で、バイクとロックと読書が趣味。今は大学生だが、早く働いて親に恩返しがしたい。

何とも殊勝な青年ではないか。恐怖と猜疑はたちまち好感に変わり、ミッシェルガンエレファントは最高やなーなんつっていつの間にか敬語も抜けて友達みたいな距離感になってしまった。
これはミイラ取りがミイラになるというやつだろうか。失恋を引きずりまくっていたので恋愛なんかもう懲り懲りだぜと思っていたのに、なんかこの人素敵だなぁとグラグラしてしまう。

連絡先を交換し、そろそろ帰るねと告げると「向こうの交差点まで送ってく、もう少し話したいから」とイケメン過ぎる発言。お前…ほんまにナンパ初めてか…?絶対ちゃうやろ…

炎天下の中、自転車を押して話しながら歩く。別れの交差点まで来て、「またね」「連絡する」と言って別れた。

残念ながらこれ以降の記憶がおぼろげで、確か数回メールのやり取りはしたけど結局会うまでに至らなかった。私も大学とバイトで忙しかったし、何より失恋の余波でぐにゃぐにゃしていた。
彼も何だかんだ冷静になって、私の優先順位が下がったんだろう。特に何も始まってもないが、始まるかもしれなかった関係はこうして静かに消滅した。

もしかしたら本当に壺や布団を買わされるところだったかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
どちらかがもう少し踏み込んでいたら、何かが始まったかもしれない。

とりあえず彼が今も元気で幸せだったら何よりである。


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