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投てき囲い支柱の転倒事故を防ぐ

この記事では、全国の公共施設等に設置されている、陸上競技場の投てき囲い(円盤投・ハンマー投用)を利用する際の「支柱の転倒防止」について記しています。

  • そばに居た人だけでなく、おそらく囲いから半径50mくらいの範囲に居た人すべてが、その大きな音に驚いて注目したほどだった。

  •  もし、支柱が倒れた位置に人が居て、頭部に直撃したら間違いなく命を落としていた。あとから思い浮かべるだけも恐ろしく、震えてしまう。

投てき囲い設置の際に「軽微な操作ミス」「立ち位置の誤り」が重なった場合、命に関わる重大事故につながる可能性があることについて、注意を促すものです。

下のTwitter画像にあるものが、当記事で示す「囲い」になります。(記事内容とは、直接的な関係はございません。)


事案の概要

円盤投・ハンマー投を行う際に設置される「囲い」の多くは、平常時に倒してある支柱を、ウインチの巻き上げで起立させる方式になっています。

倒した状態の支柱を起こす際、本来回すべき方向にウインチを巻いていくと、巻くたびにカリカリと音が鳴りながら、支柱の位置が上がっていきます。途中で手を止めるとロックがかかり、ハンドルも止まりす。

一方、このウインチは本来とは逆方向=逆巻きで巻き上げていくことも可能です。手元には回すべき方向が表示されていますが、おそらく急いでる時などは「どちらに回したら良いか」わからなくなってしまうことがあると思います。

回す方向を誤り、逆巻きで巻き上げていくと、途中ロックがかからず音も鳴らないものの、通常操作と同じように支柱を起こすことができてしまいます。支柱が直立した位置になった状態で、ストッパーとなる閂をかけると、支柱はそのまま固定されます。

しかしその場合、利用終了後などに閂を抜いた途端、ウインチにロックがかかっていないので、支柱は勢いよく地面に向かって倒れてしまうことになります。その際に、万一、支柱の落下位置に人が存在した場合、生命に関わる重大事故につながる恐れがあります。

各都道府県が示す安全対策資料の中にも次のようなテキストがありました。「防護ネットには設置、片付けの手順があり、誤ると支柱の転倒等が発生するため、正しい手順を生徒・指導者が熟知しておく必要がある。」おそらく過去に起きた事故やヒヤリハット事案を受けての記述でしょう。

最近、中学生の円盤投が正式種目となり、この種目の競技者が増えました。投てき囲いの取り扱いに慣れていない指導者や保護者などが、公共の施設に設置された同型の囲いを設置・片付けする機会が増えることが予想されます。そうした際の事故防止に向けて、情報を共有できればと思います。

2023年9月の転倒事案

2023年9月に栃木県総合運動公園で行われた、中学生が参加主体となる陸上競技大会において、投てき囲い支柱の転倒事案が発生しました。

(私はその場に居合わせていた訳でなく、後日に関係者からうかがった話の内容を、以下にまとめました。)

発生状況

競技が終了して、投てき囲いの片付けるときのこと。直立した金属製支柱を、ウインチをゆっくり回しながら倒し、元の位置に戻す作業を始めようとしました。補助員の中学生が、支柱のストッパーである閂(かんぬき)を横にスライドさせて外したところ、その支柱が突如倒れ始めました。

そのまま、まるで剣道で面打ちをする時のように、長さ約7mの重量ある支柱が、地面に向かって振り下ろされて倒れ落ち、地面と平行になったあたりで、ガーンという凄まじい爆音を立てて止まりました。

幸いなことに落下地点には人も物もなく、人身・物損ともに被害はありませんでした。のちに発生現場の間近にいた方から聞いた話では、次のような印象であったとのことでした(冒頭のテキストです)。

  •  そばに居た人だけでなく、おそらく囲いから半径50mくらいの範囲に居た人すべてが、その大きな音に驚いて注目したほどだった。

  •  もし、支柱が倒れた位置に人が居て、頭部に直撃したら間違いなく命を落としていた。あとから思い浮かべるだけも恐ろしく、震えてしまう。

事後対応と原因

当初は「囲いの不具合ではないか」と目されていました。施設は封鎖され、直ちにメーカーが繰り返し点検を行いましたが、機材には何ら不具合は見つかりませんでした。

メーカーによると、現実的には起こり得ない(起こりにくい)こととしながら、「ウインチを本来とは逆回しで巻き上げて支柱を立ててしまうと、同様の事態が起こりうる」「それ以外の原因は考えられない」との説明でした。

後日、当時の会場担当者に確認したところ「確かに1か所では、巻くたびにワイヤーがロックされている感覚が無かったところがあった」とのことでした。準備を急ぐ中、無意識のうちに逆方向に巻き上げていた=操作ミスというのが、発生原因だったようです。

通常は、囲いの設置になれた成人スタッフが複数で対応します。しかしこの日は中学生主体の大会であったため、補助員も中学生しかおらず、設置に慣れた人手が限られていました。会場担当者があれこれ全てを担わなければならず負担が大きく、いわゆるヒューマンエラーが生じたものと思われます。

悪い例をみると、ハンドルを離した際にロックがかからず、逆回転してしまう=支柱が勢いよく倒れてしまうこととなります。(良い例の方は、再生できないようです。本来の映像では、途中で手を離してもハンドルが止まり、ロックがかかる様子がわかります。)

2018年の高校生アンケートから

この事案が発生した5年前となる2018年7月、佐野市で行われた栃木県高校学年別大会において、参加高校生を対象として「陸上競技活動の安全に関するアンケート調査」を実施し、553名(うち有効回答533件)から回答を得ました。

陸上競技活動の安全に関するアンケート調査(2018年7月)
高校生533名・過去1年間の経験について尋ねた単純集計

この調査を実施した背景には、栃木県内で2017年3月に発生した高校生部活動における重大事故の存在があります。高校生のスポーツ活動をより安全に行えるよう様々な取組を行ったうちのひとつとなる、調査研究になります。

これまで国内外で発生してきた事故事例から、陸上競技の競技特性に基づく事故発生場面は、大きく4つに分類できます(原因の特定や関連性が不明な「心疾患」等を除きます)。

  • 声かけ等安全面の配慮不足による対人接触・衝突

  • 投てき物等(メディシンボールなど含む)の人への接触・衝突

  • 器具・用具・環境の安全不備による事故

  • 練習・競技中における熱中症発症

アンケートでは、過去1年間に経験したこれらの事故・ヒヤリハット経験の有無や、具体的な事例について回答を求めました。そうした中、自由記述の中に次の回答がありました(原文のまま)。

  •  ハンマー投のネットの準備中に、支柱のハンドルがはずれ、その支柱が倒れました

  •  私は離れたところから見ていたのだが、円盤投げ、ハンマー投げで使用するフェンスの組み立て時に上手く固定されていなかった部位が倒れてきて人に当たっていたら命に関わることだったと思った

匿名回答であったため特定はできませんが、おそらくこの2件の回答は同一の場面であったのではないかと想像します。

回答では「ハンドルが外れた」とありますが、実際には正しくウインチを操作していれば、ハンドルが外れても支柱が倒れることはありません。「上手く固定されていなかった」のは、本来の向きと逆に回していたためロックがかからず、そのまま支柱が上に来る(途中)まで回したものの、クランクを途中で離してしまうなどして、支柱が転倒したものと想像します。

いずれにせよ、2017年から2018年にかけて、栃木県内のどこかの競技場において、2023年9月の事例と類する「支柱の転倒」が発生しており、「人に当たっていたら命に関わる」事例だったということです。

「いつかどこかで」この事故を起こさないために

学校事故やスポーツ場面の事故の中には「発生する頻度は稀だが、調べてみると同様の事故が、過去に全国のどこかで繰り返し発生してきたもの」があります。例えば、中学生や初心者などによる、柔道の大外刈りによる頭部外傷事故や、熱中症事故などです。

これらは過去には「やむを得ない事故」「防げないもの」と片付けられていました。しかし類する事例が繰り返されていることが明らかになって以来、現在は「予見可能な事故」として扱われるようになり、やがてそれぞれ具体的な防止策が講じられるようになりました。

今回の囲いの事案に関して、メーカーの説明では「これまで本件のような内容での重大事故が発生したことは無い」「構造上、逆方向に巻けなくするなど仕様の変更はできない」とのこと。その上で、発注先等への注意喚起を強めると説明されたということです。

過去に重大事故の発生がなくとも、ここに示す2つのヒヤリハット事例をみると、状況によっては今後、いつかどこかで重大事故が起こる可能性は否定できないと考えます。こうした事故を防止するためには、利用者・競技団体・施設管理者等が連携をして取り組まなければならないと思います。

ヒューマンエラーは必ず起こることを前提とした上で、操作を誤らないための掲示物等の効果的活用や、講習機会の充実などを講ずること。そして活動時には、常に複数のセーフティネットを用意すること。様々な取組の積み重ねを通じて安全な活動を展開し、本件に関する重大事故の発生を防ぐべきといえます。

結びに

私を含め、競技を支える立場として関わる方は、多くがボランティアか、それに近い立場の方です。そうした方々がせっかく善意で行う取組であっても、何らかの不備や気の緩みなどによる事故の発生によって、取り返しの付かない事態になってしまうことがあります。

「善意で行うもの=悪意はないから」「ボランティアだから=賃金をもらっているわけではないから」許されるなどということは、決してありません。

朝、健康で元気に自宅を出発した参加者が、行先の大会や講習会などで事故に遭い、家族のもとには帰らぬ人となってしまった。本人は「記録を出そう」「技術を学ぼう、鍛えよう」そうした希望を胸に抱いて出かけたはずなのに。

そうした事態が決して起きないように、日々、安全の確保を心がけながら競技に関わりたいと思います。