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小城羊羹で時を越える

僕の祖父は昭和20年6月にフィリピンのルソン島で戦死したらしい。
佐賀県小城市の名物である小城羊羹を食べながら、僕は会ったこともない祖父を想った。彼が南方に渡る艦の上で食べたかもしれない羊羹はきっと、こんな感じだったはずだ。

佐賀県の小城市には羊羹を作る菓子司が20軒ほど集まっている。ここで作られる羊羹は「小城羊羹」というブランドになっている。
読み方は「おぎし」の「おぎようかん」である。
江戸時代は砂糖を輸入に頼っていたので長崎から江戸まで運ぶ必要があった。そのため長崎街道沿いには砂糖を使ったお菓子を作る文化が育った。カステラ、羊羹、丸ぼうろ。とにかく街道にズラッとお菓子文化が並んでいる。そして明治以降、小城市では羊羹作りが特に盛んになった。


小城羊羹の特徴は、表面に結晶化した砂糖が浮いていて、シャリッとした食感があること。ガワが硬くなっているので手で持ってもベタつかない。小城市ではこれを「切り羊羹(昔ようかん、断ち羊羹)」ともいう。
我々に馴染み深い羊羹は、小豆、砂糖、寒天、水飴を混ぜたドロドロの熱い液体をアルミの袋に充填して即座に封をして、空気に触れないように冷やし固める。だから保存期間を長くできる。そして表面は濡れてベチャッとしている。
対して「切り羊羹」は、小豆、砂糖、寒天を混ぜたドロドロの熱い液体を木箱に流し入れて、そのまま一昼夜冷ますことで固める。この過程で水分が蒸発し、表面に硬い砂糖の層ができる。寒天と砂糖の固まったやつなので、アレですよ。琥珀糖ですよ。
小城羊羹は表面にカリッとシャリッとした琥珀糖っぽい衣が浮いてる羊羹なのだ。
これはアルミ袋に充填する技術が未完成な時期の方法で、いまは全国的に保存が効く新しい製法が主流になっている。しかしどういうわけか小城市ではこの伝統的な製法が残ったようなのだ。
古い製法が残ったことで「小城羊羹」は特徴的な「ご当地名物」になることができた。ちょっと奇跡的な話でしょ。

小城羊羹の老舗、村岡総本舗。ここは日清日露戦争の時期から陸軍御用達の和菓子屋であった。当時は羊羹が携帯食や保存食、嗜好品として軍隊に重宝がられていたという。久留米の陸軍や佐世保の海軍が長崎街道沿いの菓子屋から大量に買い付けていたのであろう。


当時の羊羹の作り方は今の小城羊羹と大きく変わっていない。特徴である「平たい箱に流して一昼夜冷まして固める」部分は同じである。
つまり小城羊羹は、陸軍だった僕の祖父が船上で食べたかもしれない羊羹そのものなのだ。遺影でしか顔を知らない祖父だが、その先入観を持って小城羊羹を食べたとき、やっと家族になれた気がした。小城羊羹が昔のままの製法であったおかげで、会ったこともない祖父を、時を越えて身近に感じることができた。

さて『艦これ』ブームのときに給糧艦間宮で作られていたという「間宮羊羹」を再現する遊びが流行ったことがあったでしょう。
羊羹の作り方はざっくり言うと「お汁粉に寒天を混ぜて冷まして固める」でしかないんだけど、大正7年に大日本帝国海軍が作った調理の教科書があるのでそれを見てみましょう。
『海軍五等主厨厨業教科書』のアーカイブから羊羹のレシピを抜き出してみる。カタカナ部分をひらがなに書き下しておくね。

羊羹
材料 小豆あん、砂糖、寒天
まず小豆を汁粉の製法のごとく柔らかく煮て、漉し絞りて、これに寒天を湯煮して漉したるものと砂糖とをアンコの目方と同量に入れて、弱火にて「トロトロ」と気長に煮、これをすくい試みて固きくらいまで煮詰め、箱に流して固結せしめたる後、切るものとす。

『海軍五等主厨厨業教科書』 https://dl.ndl.go.jp/pid/941875/1/52

重要なのは「箱に流して固結せしめたる後、切るものとす。」の部分。
「箱に流して固めた後に切る」。
これ、小城羊羹の製法と一緒なんだよね。だからたぶん間宮の羊羹もシャリッとしてたと思うんだよ。間宮に限らず、当時の陸軍海軍の兵隊さんはきっとシャリッとした歯ざわりの羊羹を食べて、ホッとしたり故郷を思ったりしたはずなんだよ。なんなら杉元佐一も鶴見中尉もな。

小城市に行って小城羊羹を食べたら、見知らぬ祖父と僕の間に思い出ができた。お祖父さんを戦争で亡くしてる人は少なくないと思うけど、そんな人こそ小城羊羹を食べてみてほしい。きっと、すっごく不思議でよくわからない感情が湧き起こるはずだから。
でも発見はそれだけじゃなくてさ。

小城羊羹そのものだけど、これは今や貴重な伝統製法を地域ぐるみで維持している食文化の徳俵であり、なにしろここら一帯が砂糖を使うのが上手い地域なのでマジでおいしい。
羊羹が羊羹として普通にマジでおいしいっていう土台があるわけ。
しかも20軒ほどある羊羹屋はすべて独自の工夫をしているので、お店によって個性が明確なんだよね。お店ひとつがムリヤリがんばって伝統を守ってるんじゃなくて、たくさんの和菓子屋が切磋琢磨しながら伝統製法を今なお研いでる真っ最中の、進歩の最先端にある和菓子エリアなわけ。
『艦これ』好きも、軍事マニアも、単純に甘いものが好きな人も楽しめる街。それが佐賀県の小城市だったっていう話でした。

あと、間宮羊羹と小城羊羹をリンクさせるつもりで佐賀まで行ったフードライターはそんなにいないと思うので、お仕事ください。

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