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NVC(非暴力コミュニケーション)FAQ

NVC(非暴力コミュニケーション)について、学習時などによくある質問をまとめていきます。
回答は個人的な考えで行っていますので、ひとつの意見ということをふまえて、ご活用いただけますと幸いです。

質問・回答ともに随時募集しています
http://bit.ly/nvc-giraffe-faq

この記事は随時更新です。
[質問総数: 11 ][最終更新: 2021/02/28 ]

【NVC学習前・学習直後のFAQ】

おもに学習前・学習直後に思い浮かぶ疑問を中心に記載しています。

NVCの書籍は「新版」と無印のどちらがおすすめでしょうか?

NVC 人と人との関係にいのちを吹き込む法 新版』の購入をおすすめいたします。

NVCの記事も豊富なWebサイト「海宙 みそら  misora WEBマガジン」の「すべての人に薦めたい本「NVC 人と人との関係にいのちを吹き込む法」に新版がでた」という記事内に次のような記述があります。

新版で大きく変わったのは序章がディーパック・チョプラ博士に変わり、「紛争を解決する」という調停、ミディエーションについての項目が増えたことだ。

第11章「紛争を解決する」が新たに追加されています。
NVCの調停手法は、従来の双方の妥協点を探る手法とは違い、人と人のつながりを築き双方にとっての満足いく「全員が必要とするものを得られる方法で決着をつけること」をゴールにしている点が画期的です。
読み応えのある章ですので、ぜひ新版でお確かめくださいませ。


NVCが唯一正しいやりかたでしょうか?

マーシャルの動画を観たり、書籍を読んだりして気づくことのひとつに、彼が決して「NVCが正しい」ということを言っていないということがあります。
そもそも「正しい・間違っている」という道徳的価値判断から距離をおくNVCにおいて、NVC自体も「正しいものではない」のでしょう。

NVCはあくまで、役立つものであり、可能性を高めるものであり、可能になるものです。マーシャルの言葉の一言一句に注目してみると、より深くNVCで伝えたいことが見えてくるかもしれませんね。


ジャッカルな言い方の例を知れば知るほど、何も言えなくなってしまいませんか?

NVCに触れていくうちに、これまでいかに多くのジャッカル語を話していたかに気付かされます。評価の混じった指摘であったり、否定的なリクエストであったり。わたしも頭の中に思い浮かんだフレーズがぜんぶジャッカルの言葉だったときは、とても驚きました。

個人的な意見ですが、まずは「ジャッカルの言い方を知ったことで『これまで自分はジャッカルの言い方ばかりだった』と気づいたこと」をお祝いするところから始めるのはいかがでしょうか。NVCを知る前も、普通に生活し、普通にコミュニケーションをとっていて、(多少のことはあったかもしれませんが)人生がめちゃくちゃになるほどの問題があったとまではいえないのではないでしょうか?

あえてジャッカルな言い方をすれば。これまでも70点をとれていたのだと思います。そして頭に思い浮かぶフレーズがジャッカル語だと気づいただけで、73点くらいに上がったのではないでしょうか。そのときに「キリン語で何というのだろう」と考えるだけで、今後のコミュニケーションは確実に前進していることでしょう。パーフェクトなキリン語を使えているひとでも85点くらいと考えれば、少しずつ、本当に少しずつ、キリン語の比率を増やしていくというのはどうでしょうか?そしてキリン語を使えたときには(たとえそれが完全ではなかったとしても)、都度そのことをお祝いしていきませんか?


なぜジャッカルはしばしば悲劇的・自殺的な表現によるリクエストをしてしまうのでしょうか?

(質問者より)
なぜこちらの記事の下記の例のような、悲劇的・自殺的な表現によるリクエストをしてしまうのでしょうか?

・「相手に自分の気持ちを分からせたい」→「あなたの問題は相手の気持ちを分かろうとしないことだよ」
・「やる気を出してほしい」→「やる気が無いんだったら、もう勝手にしなさい」

(まさるの回答)

ジャッカルの文化において習慣づけられた考え方には次のようなものがあります。

正しいことをしようとする。悪いことはやめる。
恥ずかしい思いをしたくないからやる。恥ずかしい思いをしたからやめる。
損をしたくないからやる。損をしたから次はやらないようにしようと考える。

このような道徳的な価値観を前提に行動しているがために、無意識に相手に対して「分かってないみたいだけど、損をすると知れば自分の考えを悔い改めるだろう」という期待をしているのだと思います。
「あなたの行動を改めなさい」と直接的に言えば、相手からの「NO」を聞く可能性がありますが、「こういうふうに損をするよ」という言い方であれば(質問形式でないため)「NO」を聞くことはありません。
ジャッカルは「NO」を拒絶と受けとめてしまうため、拒絶されたくないという思いが、悲劇的な表現や自殺的な表現になる(=リクエストの形をとらずにリクエストをする)のだと考えます。


NVCをはじめて何が変わりましたか?

NVCを始めてから、自分自身の「何が具体的に変わったか」という質問にはなかなか答えを見つけられません。NVCを始めて自分自身に変化があったのは確かですし、NVCによって人生が豊かになっているという実感は常にあります。

しかしながら、何が変わったかという点で考えてみると、思い浮かばないのです。
日々、NVCを意識したコミュニケーションをしていると、徐々に自分のなかにある支配的なコミュニケーションを手放していきます。その変化はとてもゆっくりで、習慣化されても(もしくは習慣化すると)そのひとつひとつを意識することがなくなります。振り返ってみると、いろいろ変化したなあと気づく程度です。

わたしたちの多くは、効率的に答えを得ようとするあまり、分かりやすい何かを求める傾向もあります。個人的に思っているのは、いちどそれを手放し長い目で人生を捉えると、いっけん回り道にみえることが人生においては最短距離だったということもあるのではないかということです。
人生を豊かにしていきたいと願うのであれば、いちどNVCの世界に足を踏み入れてみてはいかがでしょうか。いっしょに試行錯誤の旅をしましょう。


コミュニケーションにおいてNVCを使う場面とそうでない場面の2つがあるのでしょうか?

NVCを使う場面を挙げるとするならば、2つあります。1つ目は自分が言ったことに対して相手が何かしらの強い感情を持って返答してきたときです。このような時は相手の話に耳を傾け、相手の未充足なニーズは何かさがしてみると良いでしょう。マーシャルはこれを「キリンの耳をつける」と言っています。キリンの耳をつけ相手のニーズや感情に注目し、共感を持って受け止めるということです。そうすることで相手が仮にあなたを非難することがあっても、相手の満たされていないニーズに注意を払いつづけることで悲劇的な言葉が聞こえなくなるでしょう。2つ目は自分が相手に何かリクエストをする時です。NVCを意識したリクエストをすることでリクエストされた側はあなたが大切にしている感情やニーズに共感し、リクエストに対しても前向きに検討してくれやすくなります。このようにNVCを意識して使う場面というのは存在します。

一方でNVCを意識しておくことはコミュニケーションのどの場面でも役に立ちます。残念ながら私たちの多くは、ジャッカルな言葉で話す習慣がついてしまっています。無意識にジャッカル語を使っている時があるということです。無意識なジャッカルの言葉を手放せるように、はじめのうちは常に意識することで、いつの日かコミュニケーションをとるときはいつでも自然にキリン語で話せるようになるでしょう。無理のない範囲で日常的にNVCを意識して過ごしてみてください。自ずとあなたも相手も自分に正直なコミュニケーションをとっていることに気付けるでしょう。



【NVC実践時のFAQ】

おもにNVCを実践していくなかで思い浮かぶ疑問を中心に記載しています。

どうしてもやらされている感じになってしまいます。もっと自然にNVCを使えるようになるにはどうしたら良いでしょうか?

マーシャルは「『自然』というのを『習慣的』と言い換えるように」勧めています。わたしたちが自然にやっていると思っているもののほとんどは、習慣化されたものでしかないという主旨です。
ジャッカルの言葉も習慣化されてしまったことで、つい口をついて出てしまうことがあるということでしょう。長い間かけて習慣化してしまっているものを、いままさにキリン語の習慣をつけていっている最中ですので、「自然にできるようになりたい」と考えるのはふつうのことかもしれませんね。

習慣化するための方法ということであれば、NVCを実践している仲間を増やすというのがおすすめです。


子育てでNVCを使うときのポイントはなんでしょうか?

子供に対してNVCを使うというときのおすすめの方法は、子供にもNVCを教えていくことです。NVCの4つの要素を意識した伝え方をしたり、共感をもって受けとめるというだけでも効果はありますが、家族全員がキリン語で話ができるとより大きなつながりを生めるでしょう。

NVCの考え方をしっかりと理解してもらい、お互いが、言葉以外でも、NVCを実践していくことが重要です。書籍を繰り返し読んだり、動画を繰り返し観たり、また必要に応じて、家族で観たりするとNVCの考え方が身につきやすいかもしれませんね。


NVCを使って率直に伝えることを意識していますが、どのようにトレーニングしていくとよいでしょうか?

NVCを知って実際に生活に取り入れていこうと思っても、なかなか思うようにいかないこともあるかもしれません。わたしの場合は、次のふたつをおすすめしています。

ひとつは、仲間を作ることです。周囲に同じくNVCを使っていこうという仲間を作っていき、そのひととはキリン・ジャッカル・OFNR・ニーズ・かたきイメージのようなNVC用語を使って会話をしていくようにします。そのような関係性を作ってしまうと、NVCが日常になるため、効率的にNVCの考え方を身に着けていけるのではないかでしょうか。
最初は誰もいないかもしれません。それでも「NVCという面白いものがある」と周囲に語っていくうちに、徐々に話を聞いてくれるひとがみつかっていくはずです。

もうひとつは、メールを送る際にOFNRを意識するということです。会話と違いメールは時間をかけることができます。書いた文章を読み直しながら、観察から得られる事実で書いているか(評価が混じってしまっていないか)、感情を明らかにしているか(分析が混じってしまっていないか)、ニーズをもとにした具体的で実行可能なリクエストを表現できているか(手段と混同していないか、抽象的なお願いになっていないか、強要する気持ちが心のなかにないか)を確認することができます。

これまで長きに渡りジャッカル的な表現に馴染んでしまっているとしたら、脱却するにもそれなりの時間を要するでしょう。こつこつと実践していけたらよいですね。

NVCを一方だけが実践している場合、実践している側だけが人を思いやっている気がしてしまいます。
このような状況で相手に共感することと自分のニーズを伝えることのどちらを優先したら良いでしょうか。

NVCを両者が知っていることが一番ですが、実際は片方だけが知っているという状況が多く、質問者様と同じように自分だけが実践していて相手には自分の意見を受け入れてもらえず悲しくなることもあるでしょう。相手が強い感情でもって話してきているのであれば共感することを優先したほうが効果的ですが、質問の内容からその必要はないように受け取ったので自分のニーズを伝えるという方向でお答えさせていただきます。

NVCはお互いのニーズが満たされることを大切にしています。相手の心に耳を傾けるだけでなく、自分自身にも実践できるものです。なぜ自分だけが人を思いやっていると感じるのか、それは何を大切にしているからなのか、またそう感じないために相手にどうリクエストしていったらいいのかを見出してみましょう。このとき、「あなたに無視された」や「軽視された」という特定の相手がいてその人に対する自分の思考が入ることは、事実ではなく評価していることになるので「落ち込んだ」や「疎外感を感じた」とするようにします。自分の内面に目を向け、自分が感じた感情をそのまま表現してみるのです。例えばそこから自分はお互いが平等に話を聞き合う関係でいたいというニーズがあると分かったならば、リクエスト方法の一つの例として「あなたが私の話を遮って自分の話を話し始めたとき、私は疎外感を感じました。それは私がお互い平等に話を聞き合う関係でいたいというニーズを大切にしているからです。もしよろしければ私の話も聞いていただけますか?」と伝えてみるのはいかがでしょうか。他にも「私が話している途中で携帯を触り始めたとき、私は話を聞いてくれているのかわからなくなって不安な気持ちになりました。それはお互い平等に話を聞き合う関係でいたいというニーズを大切にしているからです。もしよろしければ話をしているときはできるだけ顔をあげていただけますか?」と伝えてみるのもいかがでしょう。しかしNVCを知らない方に対して急にこのように話すとびっくりなさるかもしれないので、「長めのはなしになるけどきいてもらってもいいかな」や「一緒に考えたいことがあるんだけどいい?」などと始めると相手を気遣えるかもしれませんね。

NVCを利用して素直に表現できるようになれば、相手もきっと受け入れてくれるようになるでしょう。NVCを実践していくと自分のニーズに気づくことが多くなるかもしれませんね。



【中上級者向けFAQ】

ひととおりNVCを活用しているひとがNVC自体を掘り下げて考える疑問を中心に記載しています。


資本主義の世の中においてたくさんのひとがNVCを使うイメージがもてません。資本主義的な価値観に負けてしまう気がしますが、NVCは本当に広まっていくのでしょうか?

資本主義の社会は競争の社会でもあるため、日常的に評価が行われ、競争に勝つために支配的な命令をする場面も多くあると思います。
もともと少数の支配者が多数の民を効率的に支配するために生まれたのがジャッカル語だとすれば、より効率的に商売を行うことで他者との競争に勝つことを目指す資本主義的な社会では、キリンの言葉よりもジャッカルの言葉のほうが重宝されているのも事実です。

一方でNVCが、サティア・ナデラ氏がMicrosoftのCEOに就いた際に活用されたり、ティール組織を実践する企業においてのコミュニケーション手法としても複数の企業が採用していたりします。

個人的な意見ですが、これまではジャッカルの言葉が効率的だと思われていたにすぎないと思います。
本来ひととひととのコミュニケーションは時間をかけて丁寧にすることで中長期的な関係を大切にしながら行われていたのですが、時間的な効率を考えたときに、支配的な伝え方というのは「短時間で言いたいことを伝えられる効率的なコミュニケーション」だと勘違いしてしまったひとが多いのだと思います。
戦争や暴力が当たり前の社会から脱却しつつあるいま、支配的な伝え方もまた暴力的だと多くのひとが気づきはじめた状況でしょう。
しばらくは、暴力に変わり、言葉による暴力(支配的な伝え方)がより洗練されていってしまうものと想像していますが、いずれそれは暴力的な社会であることにみんなが気づいていくものと予想しています。

NVCは、コミュニケーションの相手方がNVCを知っている必要はありません。知らずとも、NVCの効果が得られるのです。ということは、NVCを使うひとが増えれば増えるほど、幾何級数的に伝搬していくのではないでしょうか。
いつかのタイミングで一気に社会が非暴力なコミュニケーションに変わっていくことと思います。わたしはそう確信しています。



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