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ああ、クリスティーヌ、正しい人よ

映画もミュージカルも見たことがなかった『オペラ座の怪人』。今映画版が4Kリマスターで再上映されているので、見にいってみた。

どんな話なの?という説明のために、公式サイトのあらすじをそのまま引いてみる。

19世紀パリ、オペラ座では謎の怪人・ファントムの仕業とされる奇怪な事件が続発していた。美しく若きオペラ歌手クリスティーヌは、ファントムを音楽の天使と信じてプリマドンナへと成長するが、ある日、仮面の下に隠されたファントムの秘密を知る。幼馴染みの青年貴族ラウルに愛されながらも、孤独な魂と情熱を持ったファントムに心を惹かれるクリスティーヌ──。

https://gaga.ne.jp/operaza4K/about/

※以下、ネタバレを含む感想になりますので、ご注意ください。

途中まで、正直かなりドン引きしながら鑑賞していた。だって驚いたのだ。ファントムってこんなメンヘラキャラなの……!?と。

まず彼の選択肢の貧弱さに驚く。ファントムはああしろこうしろとオペラ座の経営者に命令するのだが、取る手段は「手紙で自分の要望を一方的に押し付ける」「要望が通らなければ、殺人、あるいは暴力に訴える」、この二択だ。いい大人のやることじゃねえよ、と怒りも覚えた。

クリスティーヌに対する態度も不安定だ。地下の拠点に彼女を攫ってきて、ちょっといい感じになったかと思えば、仮面の下を見ようとした彼女に「呪われろ!」と吐き捨てる。(ただ、これに関しては、コンプレックスがあるから仮面をしているのだろうとわかるので、情状酌量の余地はある)

そして、驚くことにクリスティーヌは早々に、金持ちで感じのいい幼馴染のラウルと結ばれてしまう。ポスターでは、仮面の男と女が見つめあっていたので、「あれ、最終的にこのふたりがくっつく話ではないんか…?」と、ちょっと不安になってくる。

では、終始ちょっとシラけた気持ちで見ていたのかというと、そんなことはなく、最後にはすっかり満足して映画館をあとにした。

あらすじを読むと、ふたりの男の間で女が揺れ動く物語であり、要約としては間違っていない。ただ、クリスティーヌの目線では、ラウルに早々に恋情を寄せているし、ファントムへの愛情は「秘密の教師となって自分をオペラ歌手に導いてくれた」「師のようで、父のようで」と、恋愛感情とは別のものと強調されている。つまり、ラウルとファントムは恋のライバルとして同じ天秤にのっているわけではない。ただ、クリスティーヌの体はひとつで、最終的に寄り添ってあげられるのもどちらかひとりだけだから、彼女は悩むわけで。

そもそも、ファントムがクリスティーヌに向ける気持ちも恋愛感情なのか?とも思う。ファントムは、クリスティーヌとセックスしたいとか思っているのか?? 彼が求めているのは、もっと無色透明で、純粋で混じり気のない愛情であるような気がする。

ファントムはとかく手段が荒っぽい(なにせ要求に応じなければすぐ暴力だ)ので、早々に登場人物たちから悪い奴として認識されていくのだが、クリスティーヌだけは、彼の抱える孤独の影、「音楽の天使」として自分を成長させてくれた恩義から、ファントムを罠にはめることに葛藤する。

その葛藤や、揺れ動く心を含めて、なんて正しく美しい人なのだろうと、私はクリスティーヌに感動を覚える。物語において「正しい人」というのはあまり魅力的に見えないことが多い。私たちが惹かれるのは、圧倒的に、どこか歪で、でもそれが個性として輝くキャラクターだ。しかし、『オペラ座の怪人』では、歪みまくったファントムというキャラクターがいるので、クリスティーヌという女性のまっとうさがあまりにピカーッと眩しく見えた。

誰からも愛されることのなかった孤独な男が、たとえ恋愛とは違う形であっても、クリスティーヌからのたしかな愛情を受け取り、自らの檻を破って、オペラ座の外に出ていく。その一連のシーンにはやっぱり感動を覚える。ファントムという男の純真さと、クリスティーヌという女の純真さ。種類の異なるそれが重なり合って、やっとひとつの救いが生まれたように見えたのだ。

音楽、歌、豪華絢爛な衣装。そういうものも映画を見る喜びとして確かにあったのだが、やっぱり、ファントムという男の強烈な引力、そして、クリスティーヌという女性の正しさに魅了される映画体験だった。

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