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島根に行きます。

こんにちは、今日は私の4月からの進路についてのご報告と、それに至った思いなんかを書いていきます。

私は4月から、宮城県を離れて島根県益田市に移住します。島根県の公立小学校の教員として働くことが決まりました。教員採用試験に際して応援してくださった方、様々なところからサポートしてくださった方、本当にありがとうございました。(最近、多方面からお祝いしていだたくことが多く、改めて嬉しさをかみしめています。)

「どうして島根?」
という質問に、正直何度も何度も答えてきました(笑)

そこで答えることはだんだんと板についてきています。
「卒業論文でキャリア教育というものをテーマにしていて、それについて調べていくうちに島根県益田市の取り組みにたどり着いたんです。さらに調べを進めて、現地にも足を運んでみたら、そこにいる人達にも惹かれてしまって。それで移住することも決めたんです。」


でも、こうした説明に入る前の気持ちがあります。
その説明はちょっとだけ長くなるので、今まであまり話してきたことがありませんでした。
今回は自分自身がこの気持ちを忘れてしまわないように、という意味も込めて書いてみようと思います。


外に出たいと思っていた

元々、私には「外に出たい」という気持ちがありました。それは高校生の時から。
外に出て、自分で足場をつくっていきたいと思っていました。だから、大学受験では東京の大学を狙って勉強しました。結局、現役の時は不合格となり、浪人の時は確実な安全圏を、ということで地元の大学を選び、大学入学で外に出るということは叶わずに終わりました。(とはいえ、入学した大学に後悔はありません。そこで出会った人、そこでの私の生活がかけがえのないもので、今回の進路にも繋がっているからです。)
それだけ、外に出て自分の力で「強く生きる」ことこそが私の正義でした。「強く生きる」ためには、今いる場所から出ていくことが必要だと思っていたのです。同時に、外に出ることで、今まで背負っていた物を全部おろしてしまいたいとも思っていました。全部取り払った姿だったらもう少し生きやすくなるかな、と思っていたんです。
そうこうして大学入学のタイミングで外に出ることはできなかった私ですが、大学に通いながらも少し「外」に出ることはできるようになりました。学校外のプログラムに参加してみたり、様々な人と交友を持ってみたり。また、大学3年生になってシェアハウスでの暮らしに踏み切ることになり、一歩「外に出る」ということを経験しました。自分の拠点を自分で作る経験はなかなかに楽しいものでした。そうして手に入れた居心地の良い暮らしの中で、次はだんだんと来年度の進路について考えるようになっていきました。


これは自分が選んだ道なんだ、と言えるものが欲しかった。


大学3年の後半になってくると、大学では来年度の教員採用試験に向けた対策が始まります。私も例に漏れずその対象となり、キャリアサポートセンターでの面談をすることになりました。一瞬は一般就職も考えましたが、やはり一度は教員として教室で子どもたちと過ごしたいという思いがあり、教員を目指すなら新卒の年が良いだろう、と教員採用試験の受験を決めました。
しかし、受験自治体についてはまったく決め手がありませんでした。というか、選ぶための要素が少なすぎました。最初に受験候補としてあがっていたのは、地元である仙台市と宮城県。
小学生時代を過ごした仙台市には、自分がお世話になった先生や教員をしておられる知り合いの大人の方がいます。今のシェアハウス暮らしも継続できるでしょう。実家にも今まで通りに帰ることができます。
一方で宮城県は、大学時代に足しげく通った気仙沼市や、興味のある小規模校も多い地域があります。もちろん、大学時代の先輩方で宮城県の教員をしている人も多いので、また交流を持つことができるかもしれません。

でも、それは私がここで暮らしてきたからであって、「自分で選んだ」というよりも「選ばされた」という感覚の方が優勢にありました。大学入学からここまで、少しずつでも「外に出る」ことをしてきて、自分の足場をつくろうとしてきたのに、ここで私はとどまるのだろうか、という思いがどうしても頭をもたげてきたのです。
仙台市か宮城県か、ということに頭を悩ませる一方で、それを超える何かが来ることを待っていました。「これは私が選んだ道なんだ」、「これは私が行かなきゃいけないんだ、私だから行きたいと思うんだ」と感じられる何かが欲しかったのです。


取り組みと人と、どちらもあることが決め手

そんな中、卒業論文の執筆に向けた調査にも取り掛かり始めました。私のテーマは「キャリア教育」です。将来の「仕事」について考えるだけでなく、生涯の「生き方」について考えるキャリア教育の在り方を模索しています。(このnoteを書くよりも卒論進めようね…と言われてしまいそうですが…笑)その実践について調べていた時、島根県益田市の取り組みを知ることとなりました。これは卒論執筆の大きなヒントになる、とすぐに感じました。調べてみると、市のキャリア教育をサポートしている団体で友達が働いているということも分かりました。電話をして話を聞かせてもらうと、近く教育フォーラムが開催されることも分かりました。これは行くしかない、と大きく意気込んで島根に向かったことをよく覚えています。
実際の益田市は自分の想像よりも熱い地域でした。プログラムもさることながら、関わる人たちにも大いに惹かれました。そこで人と出会い関りを持つようになったことで、そこでの「暮らし」が少し想像できたのです。そこで暮らし、私もコミュニティの一部になりたいという思いが生まれました。ここは「自分が選んだ道」になる。そう確信したのです。
大学の友人と話していた時に、進路の決め手になるのは「取り組み」と「人」だよね、という話になったことがあります。どんなに素晴らしい取り組みをしているところでも、自分がそこで仕事をして暮らしをしていくということを考えると、そこにいる人が想像できることが重要だと感じたのです。
少なくとも、私にとってはそうであると感じました。
益田市には、私にとっての「取り組みと人」がありました。

益田市についてはこちらから。​



話しましょう、遊びましょう

さて、ここまで長々と読んでいただきありがとうございました。「どうして島根?」の答えながーいながーいver.でした。益田市の取り組みについてはもっと書けることがありますが、今回は割愛させていただきました(笑)
ということで、私はこれまで過ごしてきた仙台を離れます。予定では2月中にシェアハウスから荷物を撤退させて引っ越しをはじめます。(ただ、3月末の卒業式のあたりまでは仙台にいます。部活もぎりぎりまであるので、シェアハウスだったり実家にいる予定です。)来年からは東北の皆さんと頻繁に会うことが難しくなってしまうと思います。なので、会ってお話しましょう。お時間ある方、遊びましょう。お誘いにのってください!私なりの感謝を伝えさせてください。

ではでは、残りの仙台生活も、来年からの島根生活でも、みなさんよろしくお願いします!