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「英語帝国主義」の話

英語は世界80カ国以上で話され、「国際共通語」とまで言われている。グローバリゼーションも世を席巻している。筆者が異文化理解の切り口として学んだのも英語であったが、「英語帝国主義」という考え方をご存知だろうか。英語がこれだけ普及するにはそれなりの理由があったわけで、それを「歴史の闇」と呼ぶかどうか? 以下を読んで、各自でご判断ください。

平田雅博『英語の帝国  ある島国の1500年史』(講談社・2016年)からごく簡単に要約してみよう。英語はイギリス(イングランド・ウェールズ・スコットランド・北アイルランドから成る)のうち、イングランドの言語であった(「イングランド語」だから、「イングリッシュ」なのである)。イングランドは「英語を学ばないと社会で不利」という状況をあえて作り出すことでこの言語を広め、隣のウェールズを手始めにイギリス全土を英語圏に。近代に「大英帝国」となったイギリスの影響で、英語はアメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、インド、アフリカ諸国に波及。このなかでも特にインドとアフリカにおける英語は、非英語話者に押しつけた「帝国支配の言語」だったという。英語普及の背景は、政治的な側面が強いものだったのだ。

著者はさらに言う。「子供に英語を学ばせないと不利だ」と焦る日本の親も、「飛んで火に入る夏の虫」ではないかと。過去に英語の浸透によって言語面から支配されてきた、各国の姿と重なるところが多いようだ。

さて、筆者自身が英語を学んだいちばんの動機は「異文化理解」であった(その目的はまあまあ達せられたように思う)。異文化を理解して、自国の文化を相対視するために外国語学習は重要だと思うが、英語だけが外国語ではない。英語だけが外国語ではないことを肝に銘じるため、そして英語を通して見た世界観をも相対化するために、「英語帝国主義」について知ることも必要だと考えてご紹介した。グローバリゼーションなどと言われるが、多数派や特定の考え方だけが、すべてだと思わないこと。これに尽きると思う。

私の拙い記事をご覧いただき、心より感謝申し上げます。コメントなどもいただけますと幸いです。これからも、さまざまな内容をアウトプットしてゆく所存です。どうぞよろしくお願いいたします。