いつものバー
カランコロン・・・
見かけによらず、軽い木の扉を開ける。今日はだれがいるだろうかと、わたしに戻るためのあの扉をゆっくり開ける。
「こんばんわ」
「あっ、こんばんわ」
マスターはわたしがいつ行ってもびっくりした反応で、わたしが来るなんて予想してなかったみたいなリアクションをする。それは、わたしが決まった日や時間に行かないからなんだろう。
薄暗い店内には長いカウンターが何席かと小さなボックス席1つで、今日は長いカウンターの端にショートカットの女性と、そこから2席あけて男性がひとり座っていた。
わたしには、すぐにわかった。なにが起きているかを。
マスターはわたしが来てすこしホッとしただろうか。
「今日は、オレンジジュースにちょびっと酒を入れたくらいのものをお願いします」
そんなわがままでつまらない注文を聞いてくれるこのバーが気に入っている。
わたしは男性から2席離れた席に座ったのだった。
「マスター今日はどうですか。」なんて話していたら、男性はすぐに「お会計」と言った。
気だるいしゃべり方をする長髪のその男性は、2席離れて座った崩れかかった化粧の女にロックオンされているようだった。
「今日は早いね」
そういいながらマスターがその男に会計の伝票を渡した。
男が会計を済ませると同時に、女も会計をして、一緒に店を出たのだった。
そのあと、わたしが3回目の枝豆と茶豆の違いの話をマスターとしていると(定期的に同じ話をして、これ前も話したね。ということをしている)あの男が戻ってきた。
「あれ、おかえりなさい」
そう言って息を切らしたその男に、マスターが温かいおしぼりを渡す。
「ウイスキーをロックで」
男がそう頼んで、さっきと同じ席に座った。
「おかえりなさい」
すこし酔いが回ったわたしは、彼をにっこり見つめてきちんと挨拶した。
「どうでしたか?」
そう尋ねると彼は、わたしが知っている人だと気づいたようだった。何があったか、話したかったんだろう、安堵したように一息ついてから、こう言った。
「やっぱり、あの女には、クリトリスがなかった」
「ああ、やっぱりそうだった。ちょっと心配してたんです」
そういいながら、マスターは茶豆を彼に出した。
おわり
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?