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現役ドラフト論考

週明けにも「現役ドラフト」導入決定へ、指名順位は入札数か 植村徹也

 ついに来たか、という印象だ。(二度目)
 個人的には今でも現役ドラフトには反対で、他球団に行く事で活躍の場が広がる、という広告塔のような選手が一人立てられて、あとは多くの屍の上に立つような、いわゆる育成ドラフトの光と影、のようなものになると考えている。
 ここに関して改めて触れておくとともに、提案も踏まえて書いておこうと思う。

1,燦燦たるトレード会議の結果

 二軍の選手移籍を活発にする。
 これは何も最近から言われた事ではない。チーム事情などで燻っている選手を他球団に積極的に移籍する事でプロ野球そのものをさらに活発にしていく、という考えは72年のトレード会議、90年のセレクション会議でもあった。
 該当会議は下記記事やサイトに詳しい。

過去の移籍活性化策…通称トレード会議も/メモ(日刊スポーツ)
日本プロ野球 トレード・移籍大全

  全体としてあまり効力を持っていないのが現状で、トレードに出された彼らが活躍しているのか、と言われればはなはだ疑問と言わざるを得ない。

 例えば90年のセレクション会議では小松崎喜久(日ハム→中日)と斎藤浩行(中日→日ハム)、小川宗直(中日→近鉄)と岡田耕司(近鉄→中日)、島田誠(日ハム→ダイエー)と坂口千仙(ダイエー→日ハム、後1994年ヤクルト)の3つ。
 このうちこの年に引退または退団しているのが島田、小松崎。戦力外通告を受けたのが小川。彼ら以外も斎藤が翌年の92年に現役引退。岡田は93年、坂口に94年引退だが、岡田は一軍登板を一度もせずに中日を去っている。
 唯一の成功例が坂口というような感じで、日ハムで控えとして91年、92年の二年で69試合出場している。例外とするなら島田誠が4月28日の骨折以降一軍から出てくる事がなかったくらいで、これがなければもう少し違った将来もあった可能性はある、という具合だ。
 また小川は戦力外後、92年台湾に移籍するがそこで現役引退をしている。

 かなり燦燦たる結果である。
 斎藤がイースタンでの年間で29本の本塁打を打っても一軍での登録は29試合。54打数に対して安打11。本塁打はおろか二塁打以上の長打は92年の1本のみで、残りの10安打は全て単打という事になる。東京ガスから広島カープにドラフト2位で入った選手としては寂しい結末であった。
 つまりこの時点でもうここに現れる選手はプロ級での格付けがある程度できており、結果的に力があるけど活躍機会のある選手が出される事はなく、スタメンや控え以下の選手が出され、控えに上がれば儲けもの、というような扱いをされてきた事がわかる。岡田などに関しては完全に一軍での捕手というよりは二軍での捕手を期待されており、結果一軍に上がってくる事自体を想定されていないという現実が見えてくる。

 逆説的に言えばこういった「格付け」がついていない選手をチームは出したがらないという事でもある。
 現役ドラフトはこういう側面を持つ可能性が非常に高い事を覚えておかねばならない。

2,ルール5ドラフトとの比較

 だが、こういった事実だけに焦点を当てていても仕方ない。
 ではなぜ過去のこういった現役ドラフトやトレード会議があまり成功しなかったのかを考えなければならないという事だ。
 これは一目瞭然で、こういった過去の現役ドラフトでは基本的に拘束力が非常に弱いのだ。

 前述したように一軍で帯同をさせる事を目的としていない選手の移籍がほとんどである。帯同したとしてもスタメンなどほど遠く、基本は代走、守備固めで扱いたい、というような選手が基本的になるだろう。
 こういう場合「飼い殺しを防ぐ」とよく言われるが、この言葉には疑問を持っておかねばならない。というのも言い換えれば「現状は控えになれるか否か」という事であり、その「控えの控え」を「控え、チーム状況ではスタメンへ」という風に持っていくものである、という現実は踏まえておかねばならない。
 だからこそ過去のような問題が発生するのであるし、そのせいで過去こういった現役ドラフトは成功していなかったのである。

 特によく語られるのがアメリカでのルール5ドラフトである。プロスペクトかつマイナーからメジャーに上がれない選手をウインターミーティング終了後に移籍させる、というものだ。

 これに関しては三年目に書いた現役ドラフト、果たして成功するか(ぬかてぃ)から変わっていない。日本の二軍とMLBにおけるMiLBはかなり違う意味を持つ。

 そもそもルール5ドラフトは日本的なイメージの二軍で飼い殺しされている、というのとは事情が違う。

 アメリカではMLBとMiLBの関係がそのまま一軍、二軍となるわけではない。あくまで選手の所在はMLBの所属するチームになるが、基本的にはMiLBのチームに移籍するごとに新しいチームと契約書を交わす事でチームに所属する事が出来る。
 その結果MLBのロースターに入る事は簡単なことではない事は周知されていると思うが、契約書を介さないNPBの一軍、二軍関係と、一々契約書を交わすMLB、MiLBではメジャーに登録されることの重みが違う。

 そのためMiLBにいる選手はあくまでそのチームと契約しているMLBチームに選手の所有権があるだけで、マイナーリーグにいる選手の実質的所有権はそのMiLBチームの選手なのだ。
 マイナー降格も日本の二軍降格というイメージよりは、メジャーチームで所有権を持ちながら契約解除され、マイナーチームへ再契約をさせに行っている、という形の方が正しい。
 だから選手の調子を回復させるために二軍へ降格、みたいなことは出来ない。一応チームに選手保有権はあるが、メジャーチームとしては一度クビ、という事がマイナー降格なのだ。
 イメージとして言えば日本の一、二軍は社員の役昇格降格みたいなものであり、MLBとMiLBは関連子会社や孫会社に出向、その際一々契約書書き直す、とかそんな感じの方が近い。本社で働くのなら子会社、孫会社で結果を残してこい、結果が出ないなら正社員ではなく契約社員に下げる、その逆も然り、という感じがイメージとして一番近いか。
 契約書の重みが日本と全然違うのだ。

 言い換えればルール5ドラフトというのは所有権を持つチームに来年は必要とされていないマイナー選手が、違うチームに移籍する権利を得る、というヘッドハンティング的なもので、選手にとってしまえばメジャーに昇格するチームの契約書がドラフトで取られたチームなのか、そうでないかの違いでしかないのだ。

 だからこそルール5ドラフトには選手の在籍年数の制限が課され、アクティブ・ロースターへの登録義務がある。それは他球団からのヘッドハンティングであり、取る側にも必ずリスクが生じる事からルール5ドラフトは現在も機能し続けているのだ。

 つまり現役ドラフトにおいてはここが非常に心もとない。契約書社会であるアメリカだからこそ、選手とチームの契約の兼ね合いで飼い殺しが発生してしまい、NPBのように公示提出だけで一軍と二軍を行き来できるような世界ではないからこそルール5ドラフトがあるのだ。
 そういう意味では日本の契約観やファーム機構はかなり緩やかに当たる。特定のルールさえ守れば一軍と二軍を自由に行き来できるのだから。シーズン途中に簡単に事実上のクビで、子会社で結果を残してこい、残していたら本社社員の調子次第で可能性もあるよ、みたいな厳しい世界ではない。

 ここには支配下登録人数70人の中でどう選手を起用していくか、という日本のプロ野球事情と、ロースター40名と所属する無数のマイナーリーガーで選手起用していくアメリカのプロ野球事情の違いが浮き彫りになってくる。

 そういう事情の違いを明確にしていないままルール5ドラフトを参考にしても失敗が見えており、数年後には多くいる現役ドラフトで唯一活躍と呼んでもいいのではないか、という選手がピックアップされて残りは見なかった事にされる、というような形になりかねないだろう。

3,ではどうするべきか。提案

 では現役ドラフトを成功させるにはどうすればいいのか、と言えばもうこここそルール5ドラフトを参考にするべきところで、現役ドラフトで獲得した選手の基本的な一軍登録義務化及び起用試合数の設定、である。
 怪我などで外れるなどの特例を除き、基本は一軍帯同を義務化させることが意味ある現役ドラフトの基本となる。日本の現役ドラフトで議論されていないのは「現役ドラフトで取った選手にどういう保証を与えるか」である。ここがなければ恐らく今回も機能しない。
 こういった格付けが決まりそう、または決まった選手の移籍の場合、移籍する側のメリットが優遇されていなければ意味がない。一方で、移籍する選手にもチームがデメリットを無視させるほどの価値がなければ成り立たない。
 この価値の相互補完が現役ドラフトに意味を持たせるのである。

 起用試合数はイニング数でもいい。投手なら50イニング。野手なら打席と守備走塁出場機会を足して50でもいい。野手は(打席+出場機会)÷2で50だとなおよい。そこは協議すればいい事でもある。
 その程度のリスクを承知でそれでも選手を獲得したい、と思い、それに応える選手がいて初めてこの現役ドラフトは価値を示すのだ。双方にとって価値あるものとなる。
 片方が儲かる仕組みだけ考えても、いずれは不利益を被ったり、メリットが極端に少ないものが使用に嫌悪感を持ち使わなくなっていく。
 そこを乗り越えて初めて現役ドラフトは成功すると言えるのではなかろうか。

4,終わりに変えて~とりあえずやってみろはよくない~

 現役ドラフトでよく耳にするのが「とりあえずやってみろ」という事だ。
 実は私はこれがあまり賛同できない。
 というのも過去、なぜやりたいかを明確にせず、その行動を起こすことにおけるメリットやデメリットをちゃんと仮定する事をしてこなかった事が現在の行き当たりばったりな国や企業を跋扈させる原因となったと考えているからだ。

 日本人は内向的で行動をやる事が素晴らしいと思われている。
 しかしその内向性は熟慮から生まれたもので、その熟慮がある程度形になり、行動に移った時はどの国よりも速いと言われるのが日本の特質であることをドラッガーは経営学の面から分析している。
 言い換えればドラッガーの日本人におけるビジネスの長短を理解したうえでの分析で、短所をつぶす事は長所をつぶす事にもなる。
 つまり行動を起こす事そのものが素晴らしいという観念は日本人が過去持ってきた性質には遠く、それを失った現在は行き当たりばったりな行動をする事が非常に増えている。決断が早くなったが無駄も多くなった。それが今の日本だ。

 その是非はとにかくにして、これはNPBの行動にも同じことが言え、その端的な例が足掛け3年議論されてきた現役ドラフトのように思える。
 特に選手生命が絡んでくる。現役ドラフトで移籍選手ばかりクローズアップされるが、その移籍選手の登場によって席を奪われる選手が必ず出てくる。仕事として席を取り合っている興業スポーツでは残念ながら選手移籍は奇麗ごとでは済まされない。
 現役ドラフトで移籍してきた選手によってチャンスをつかみかけた若手や1.5軍と呼ばれる選手が足踏みをしたり、下手をしたらそれが選手生命を揺らす原因になる可能性だって十分あるのだ。
 我々は球場の外から野次馬をしているだけだから何でも言える。だが今どうやってプロ野球で生き残るかを考える選手にとっては死活問題だ。それが良い作用をする可能性も十分考えられるが、現状ではよい作用が起きるとは考えにくい。

 だからこそ熟慮せねばならないと考えている。
 プロ野球は多くの選手によって支えられており、それによって力尽きた多くの屍の上に立っている。それがどういうことなのか、今回の事象をきっかけに考えたいものだ。


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