田澤ルールをどう解釈していくか

 コロナウィルスの影響でマイナーリーグが今年の開催を中止したことからアメリカの野球事情がかなり大荒れになっている。というよりはアメリカが様々なところから大騒ぎになっている。

 その中で日本において小さな驚いたことが発生した。

レッズ自由契約の田沢がBC・埼玉入団

 レッズでマイナー契約であった田澤純一投手がマイナーリーグ中止に伴い、独立リーグの埼玉ヒートベアーズに入団したのだ。

 田澤純一といえば11年前のドラフト時、JX-ENEOSからドラフト一位確約と言われながら単身米球界を目指し、実際レッドソックスなどでメジャー契約を果たした投手というのは今更語る事でもないだろう。

 一方でNPB側はこれを受け、半ば制裁とも受け取られかねないドラフトの新ルール、通称田澤ルールが作られるきっかけとなった。現在ではこれを受けて大半の選手が日本でのドラフトを受ける構図が成り立っており、単身メジャーを目指すという選手はいないとまでは言い過ぎにせよ、ほとんど無いに等しい状態となっている。

 そういう事もあり、例えば大谷翔平(現ロサンゼルス・エンゼルス)や吉川峻平(現ダイヤモンドバックス傘下)のドラフト入団に際し必ず挙げられる要素となっている。

 現在球界での論はこの田澤ルールを、日本の独立リーグと契約した田澤が戻ってきたことによって改めてその可否が問われているのだが、これはどう扱うべきなのだろうか。

1、日米におけるドラフトの関係

日米間選手契約に関する協定抜粋

 日米のアマチュア選手における契約を語る際、必ず出すべきなのが内村祐介、フォード・F・フリックの交わした日米間選手契約に関する協定であろうか。1962年の時点で自由競争に近かったアマチュア選手の取り合いに際し、当時コミッショナーだった内村祐介とフォード・フリックが交わした協定が端を発する。この三年後に日米ともにドラフト会議が始まる事を考えても選手と球団の契約というものが段々と変質していた時期でもあった。「あなた買います」が1956年、柳川事件が1961年として考えると選手契約とチームとしての在り方が大きく変節をしていた時期でもある。

 しかしこの協定はあくまで紳士協定によるものであり、本人希望の際は職業選択の自由が認められ、日本の選手はアメリカの球団と契約をしてもいいものでもあった。

 とはいえ、75年におけるフロイド・バニスターの身分照会をMLB側が断っていたり(のち、90年にヤクルトで契約)、97年にNPBのドラフトにかからなかった後松重栄投手をニューヨーク・メッツがマイナー契約したりとお互いにとって決して強く守られる協定でもなく、お互いの関係を悪化させない程度のものとして機能していたとみてもいい。

 お互い強く干渉しないための協定でしかなかったのである。

 それが大きく変わったのが田澤純一投手のメジャー宣言だったのである。後松投手のようにドラフトにかからなかった選手をMLBが契約したのではなく、ドラフトにかかる可能性、それもほぼ確約といっても差し支えない彼がNPBのドラフト会議参加を断り、メジャーの球団との契約に至ろうとしたのが、田澤問題から発する今回の田澤ルールであり、今回の件で議論となっているものなのである。

2、田澤ルールは何者なのか

 ところでこの田澤ルール。新人選手選択会議規約にも日本プロフェッショナル野球協約にも日米間選手契約に関する協定にも載っていない。2008年における申し合わせ事項以上のものになっていないことが分かる。つまるところ、田澤ルールとは我々が口にしているだけで、それがどういうものなのであるかNPB側は説明していない。2008年当時の新人選手規約にも2009年のものにも書き合わせていない。

 これは言ってしまえば田澤ルールなるものは明確な規定がなく、あくまで12球団の紳士協定によって成り立っているものであるという事が分かる。なお、外国で契約を済ませた選手の規定は第七条に帰する。

第7条(外国のプロ野球選手)
新人選手であって、外国のプロフェッショナル野球組織に属する選手又は過去に属したこと
のある選手は、毎年、選択会議の7日前までに、いずれかの球団が選択の対象選手とする旨
をコミッショナーに文書で通知し、コミッショナーがその選手が選択できる選手であること
を、その都度全球団へ通告しなければ、いずれの球団もその選手を選択することはできない。(原文まま)

 現状これのままで成り立っており、田澤ルールが現行機能しているのか、という事に関しては、下手をしたら各々球団すらあいまいなところなのではなかろうか。

 というよりは、ドラフト指名候補の海外移籍を抑制するための牽制みたいな意味合いが強く、もともと法的効力を持たせる気がなかったか、JABAとの関係維持における規約第三条一項(俗にいうプロアマ野球規定)のものをまるまる出しただけなのではないか、というイメージが強い。

球団は、日本野球連盟所属選手が同連盟に登録後2年(シーズン)間はその選手と選手
契約を締結しない。ただし、高校卒業の選手ならびに中学卒業の選手については、その
選手が同連盟に登録後3年シーズン)間は選手契約を締結しない。同連盟所属選手が大学
(短大、専門学校を含む)中退選手(体育会に籍のあったもの)である場合は、この契約
禁止期間を登録後2年(シーズン)とする。
(新人選手洗濯会議規定第三条 第一項より)

  結局12年間放置され続けた田澤ルールというものは、現行のドラフト会議などにおいて成り立つのであろうか、という疑問すら芽生えてくる。むしろ機構に関係がない我々が海外契約の選手の度に起こしてしまっているからそれで成り立っていればオッケー、実際どうなるかは別の話、というような意識を持たれているのではなかろうか。

3、変化する野球の国際社会

 田澤ルールが何によってたったルールなのかわからないまま、これが田澤や今後の選手に適用されるのか否かという話も踏まえて議論が必要ではあると思うが、私見としてはあってもなくてもかまわない、と考えている。

 世間では声高々に「撤廃すべき」「選手の将来を考えるべき」という声を聞くし、そこには賛同もするのだが、一方で球団の利益をおもんばかるNPBはどう考えているのか、というのを考えるとこのルールも必要なのか、とも思えるのである。

 というのは二点。

 一点目としては、アメリカのドラフト候補であったカーター・スチュワートのソフトバンク入団である。

 1975年にフロイド・バニスターの指名を拒否されたことは前述した。それから半世紀近くたった現在、アメリカのドラフト候補であったカーター・スチュワートがドラフトを経由せずNPBと契約するという事態に至った。紳士協定は半世紀を得て変動しつつある。

 そこには様々な要素が絡むであろう。NPBとMLBがお互いにクローズドな関係から野茂やイチロー以降、オープンな関係に変わっていったこと、2000年以降から続くMLBの世界ドラフトという考え方や日米以外でのリーグをトライできる環境など、12年の間に大きく国際関係が変化している。

 特にMLBは世界ドラフトに力を入れる傾向にあり、欧州での試合開催や南アフリカ共和国から黒人選手のギフト・ンゴエペとの契約など、今やアメリカだけを意識していない。世界から野球選手を集めるという意識にシフトしてからは今までのようなクローズドな意識を失い始めているのだろう。

 それに絡んで二点、WBCなどで今や野球を行える環境が日米以外に広がっているという事である。

 プロ野球選手がオフシーズンにパンアメリカンやオーストラリアのチームと契約する光景はもはや当たり前になっており、日本に来る選手も「海外の某」から「どのリーグに所属していてどういう成績を残した」かが分かるような時代になっている。それどころかもはやファンレベルで日米以外のリーグの傾向を知る人間が増えつつある現状は日米のクローズドな関係を終結させたといってもいい。

 この二点から言える事は、もはや語学さえ勉強していれば、いや、英語とスペイン語があり、土地を選びさえしなければ誰でも、どこでもプロ野球選手となれる時代になりつつあるのだ。

 そのような時代の中で、NPBを選ぶための魅力みたいなものが必要になってくるのではないか。というよりは、もうそろそろNPBも選手と球団の契約観というものを見直すべきではないのか、と思うようになるのだ。

 正直に言えば私は日本のアマチュア選手がどんどん海外に進出するのは賛成ではない。というのも、日本野球の底力には間違いなくNPBを中心としたプロ野球という組織があり、そこの低迷は日本野球の支柱を脆くするものであると考えるからである。

 特に日本のプロ野球人気はアマチュア野球での人気からそのままスイッチするというものも多く、国産の四番などにはかなり愛情を注ぐファンも少なくない。これが日米問わずバンバンアマチュアが海外に行ったとして今ほどの人気を支えられるのか、という疑問がある。有望な選手は海外にいて日本にはミソッかすと外国人しかいない、というチームを応援するのだろうか。

 そういう流れになると必ず外国人枠を緩和していくだろう。どこから来たのかわからない外国人ばかりが活躍して、日本人が隅に追いやられているプロ野球を観に来るのだろうか。そして活躍したら数年後にはその外国人も日本にはおらず、いい選手も定着率の低いチームを応援する日本人は果たしているのだろうか。

 特に日本はドラフト会議も一つの興業としているためそれを失う事はプロ野球の魅力を落としかねないのではないかと考えるのである。

 そう考えているからこそ牽制としての田澤ルールがあるのではないだろうか。実際田澤は一度コミッショナーなどに一報を送ったのだろうか。規約などを見てみると連絡次第では変わりそうであるが。この辺りは謎である。思い込みから独立リーグへ契約したのではないのだろうか。また、田澤ルールは「ドラフト会議」の話であるのだが、今更メジャーリーグでも活躍した選手をわざわざドラフトにかける理由はあるのだろうか。曖昧なことだったゆえにわからないことばかりである。

4、キャリア枠という提案

 ここで私は思うのだが、いっその事「どこでキャリアを始めたのか」を重視し、例えばMLBでキャリアを始めた場合、日本国籍を有している場合でも外国人枠として契約を可能とすればいいのではないだろうか、と思うのである。

 前述したようにもはや海外でキャリアをスタート出来るのはこの12年の中でも容易になった。逆に言えばスチュワートのようなアメリカ国籍でもプロとしては日本でキャリアをスタートするような選手も出たのである。言ってしまえば内村、フォード協定は事実上無意味なものになったといってもいいのである。

 だからこそ、今からの時代はどこに国籍を有するのではなく、どこでキャリアを始めたのか、を優先すべきではないだろうか。だとすれば田澤もまたNPBに選手として加入できるわけである。

 こうすれば田澤ルールは意味が変わる。

 今までは日本のアマチュア選手が海外にかからないようにしていた、いわゆる牽制のためのルールが、日本人のアマチュア選手による優遇ルールに変わっていくのである。それこそ海外の選手でもNPBにプロ志望届を出したらドラフト対象にしてもいいようにすれば、それは97年のMLBが言った「職業選択の自由」に該当するのだからそれを意識する選手も増えるのではないか。

 勿論これには今まで必要なかった社会人野球選手のプロ志望届提出の義務化など整備も必要となってくるが。

 少なくとも国際野球が大きく変化し、アメリカのアマチュア選手が日本のプロ球団で契約できるようになった今、田澤ルールを変えるのではなく、NPBの契約観そのものを変えてしまっていいのではないかと筆者は考えるのだ。

 そしてNPBでの優遇措置としてドラフトやプロ志望届、はてまた田澤ルールを適用していけばいいのではないだろうか。

 もはや野球は日米及びその周辺諸国だけのものではなくなりつつあるのは前WBCで知った人も多かろう。ならばそれに見合った方針を作ってしまうというのはどうであろうか。

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