日記:隣のあなたは私とは違う人
「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」を読みました。非常に面白かったです。
イギリスの中学校に通う息子の周辺の出来事を綴ったエッセイ。出自や家庭の階級の違いが生む懸隔や、その断絶に直面しその渦中を生きていく姿が、親子の会話を交えながら描かれている。
自分は生まれたときから日本に住んでいる。自分の周囲に海外から来たという人はいなかった。同じクラスの人の両親の生まれた国が違うとか、そういった環境に馴染みがない。あるいは、そういう場所を無意識に避けていたのかもしれない。
だから、そういう場所にいる人が、どのように考えるのかを知りたくて、本書を手に取ったのだった。その気持ちを想像するために、誰かの力を借りたかった。
人は誰しも違う。生まれた家も育った環境も違う。宗教だって違うかもしれないし、好きな音楽やサッカーチームだって違うだろう。外見だって違う。背の高さも、髪の色も、瞳の色も、違う。例え同じように見えても、その裏側に背負っているものはどうしたって違う。
そして、エッセイの中で描かれた中学校の生活には、自分が日本で経験したものよりも、その違いがきっと多い。通う生徒の家庭が貧困であるというケースなど、様々な子供たちの様子が垣間見え、そのどれもが違う背景を持っている。
そのような差異は、社会の流れによって分断されてしまった構造的な問題に起因していたりして、根本的な解決が難しいものもある。貧しさをすぐに解決することはできないし、出身国の違いは後から変えられるものでもない。
しかし、違いがあれば、人は衝突を起こす。そうやって違う存在を排斥し、同質なコミュニティを維持することが生物としての本能的な行動だからなのだろうか。言葉では「個性の違いを認めよう」というスローガンを理解していても、自分にとって異質なものに対して感情が動いてしまうのを全て否むことはできない。違いは存在する。それをどう受容するか。
エッセイの中心である著者の息子の視点は、そのような違いを極めてフラットに見つめている。
「日本に行けば『ガイジン』って言われるし、こっちでは『チンク』とか言われるから、僕はどっちにも属さない。だから、僕のほうでもどこかに属している気持ちになれない」
「それでいいんじゃない? どこにも属さないほうが人は自由でいられる」
「だけど、本当にそうなのかな。どこかに属している人は、属してない人のことをいじめたりする。それは悪い部分だよね。でもその反面、属している仲間のことを特別に守ったりするでしょ。生徒会長が僕に優しくしてくれるみたいに。でも、僕はどこかに属している気持ちになれないから、それがどちらもないんだ。悪い部分も、いい部分も、ない」
—『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』ブレイディみかこ著
https://a.co/336CkUE
そのような視点から発される言葉は、自分が普段生活している上では全く意識に上らないような感情を誠実に掘り起こしてくる。誰かと話していて、その人の出自を意識するということは殆どない。そこに大きな違いをあまり感じないからだ。
しかし、少し紐解いていけば、人にはどこかへの帰属意識があり、その帰属先の違いがどこかで断絶を生む。それは国のような大きなものにとどまらない。出身地や出身校だったり、年代だったり、所属する企業やコミュニティだったり、趣味だったり、思想だったり。そうした部分で帰属意識に差が生まれる。その内側で強く結びつき、外側に対して攻撃的な姿勢をとる。そして、それぞれが持つアイデンティティは多種多様かつ複数存在していて、その組み合わせが誰かと完全に一致するということはない。普段意識しないだけで、隣の人は自分とはまったく違う帰属意識を持っている。
多かれ少なかれ、人は他者との違いに晒されながら生きている。その違いに気付き、真摯に向き合うという生き方は、とても優しい生き方なのだと思う。そのように生きなければと思う。
イギリスにおける中学校の生活がどのようなものであるのかは全く知らなかったのだけれど、エッセイを通して描かれたその様子は、制度の面でも驚く点が多かった。
例えば、イギリスにはSchool Absence Fine(学校欠席罰金)というものが存在するらしい。
英国では、お上に認められていない理由で子どもが学校を欠席したりすると、親が地方自治体に罰金を払わなければならないのだ。これは、両親に科される罰金で、父母それぞれに 60ポンドずつ請求される。 21日以内にこれを払わないとひとりあたり 120ポンドに上がり、それより長く支払いを放置すると、最高 2500ポンドまで罰金がはね上がって、最長で 3か月の禁固刑に処されることもある。
—『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』ブレイディみかこ著
https://a.co/dUBS68U
これはかなり衝撃だった。親が子を休ませて空いている時期に旅行に出かけるということを防ぐ役割もあるようだが、子供が子供の意思で学校に行かない、いわゆる「ずる休み」もこの認められない欠席に含まれるらしい。制度のことを詳しく知っているわけではないのでなんとも言えないけれど、少し息苦しく感じる。
上記のような制度のことなども含め、自分の知らない視点や環境がたくさん描かれていて、とても気づきの多かった一冊でした。
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