【短編】世界が滅んでいくだけの物語♯2ある男のメモ
私の名前は斎藤和雄という。
もし、後世誰かがこれを読むことがあればと思い、手帳に書いている。
7月2X日、13時30分ごろに、どうやら東京に核爆弾が落ちたようだ。
今、私は大江戸線の駅構内にいる。
時間は、今21時過ぎだ。
ちょうど私が電車を降りて地上に出たときだった。
緊急アラートがなった。
内容はミサイルが飛んできているとかなんとか。
地下に逃げろと出ていたのだ。
運が良いというか、ここは大江戸線の駅だ。駅構内まで下りたら助かるのではと慌てて階段を駆け下りた。しかもここは六本木駅だ。地上まで40m以上はある。助かる。
そう思った。
何かの間違いだろうという声も聞こえた。階段やスカレーターを転げ落ちる人もいた。
人を押しのけて、もうパニックだ。倒れて動かない人もいた。
自動改札に差し掛かったくらいに、サイレンが聞こえた気がした。
その後、とてつもない爆発音が響いてまさに辺りが揺れた。
その瞬間、いたるところの天井が落ちてきた。
私はあわてて改札を飛び越えた。
ホームに降りている最中、辺りの電気が消えて私は階段を転げ落ちた。
怪我は無さそうだが、痛みでしばらく動けなかった。
周りにいた人達がスマホのライトで周囲を照らしだしたから、私もそうした。
電車が止まっていたので、二次被害が起きないように電車の中に逃げ込んだ。
その時、もう一度大きな爆発音が聞こえて地響きがした。
上から叫び声が聞こえてきた。どうやら、天井がまた崩れたようだ。
非常用電源が作動したのか、少しだがライトが付いた。
その時にわかったが、ホームの天井も崩れているところがあり、下敷きになった人の姿が目に入った。電車に逃げ込んで正解だった。
電車の中はパニックになる人もいた。
頭から血を流しながら、駅員も降りてきた。
大丈夫ですかと声をかけられたが、その駅員の方が重傷だ。
スマホの画面を見たら、速報が入っていたのに気が付いた。電波が入らないので中身は見れなかったが、速報のお知らせには、ニューヨークとヘルシンキ、モスクワに核ミサイルが落ちたという内容のようだ。
私は、核戦争が起きたのだと理解した。
普段ならそんなバカなと思うが、この現状になっては信じるほかない。
私は、電車の中で助けが来るのを待つことにした。
今思えば、愚かな考えだなと思う。
助けなんか来るわけないのに。
人々は、逃げるかとどまるかと話し合っていたようだ。
逃げても、外は地獄だろうと想像できないのだろうか。
こういう極限状態になると、人間の考えは本当にもろく、判断が鈍るんだなと思う。
結局、私と数人を除く人たちは、一度上に上がり逃げる場所を探すことにしたらしい。
3回目の爆発が起きた。
逃げた人の多くは、崩れてきた瓦礫などの下敷きになったそうだ。
3人、電車にもどってきたが1人はここを出ていった人ではなかったそうだ。
一度目の爆発の時、階段を下りていて爆風で階段を転げ落ちたそうだ。
背中がただれて酷い状態だった。
よくこの状態でここまで来たと思う。
その人は三度目の爆発の時、天井の下敷きになったが引きずりだされて一命をとりとめた。
ただ、夕方には死んだ。
爆風だけでなく、放射能を直に浴びているからだろう。
今、私が吸っている空気も、既に放射能が混ざっているのだろう。
明日には、体も不調をきたすかもしれない。
今、ここにいる人たちの多くは、ただ泣いている。
家族を心配している人がいる。
私にも妻と娘が二人いる。
私は単身赴任で東京に来ているが、家族は長野に住んでいる。
長野は大丈夫だろうか。
妻とは、昨日電話でケンカをした。
夏休みの予定について、意見が違ったからだ。
くだらないことでケンカをしてしまった。
何でこんなことになったのか。
妻に謝りたい。妻を、娘たちを抱きしめたい。
そう思うと、今、ここで死んでいくことに耐えられない。
だから、私はここを出る決断をした。
このまま、地下を歩き終点の光が丘まで行くつもりだ。
もしかしたら、光が丘なら放射能はあるだろうが外に出られるかもしれない。
距離はあるが、やるしかない。
向こうで電話がつながるかもしれない。
そうしたら、妻に電話しよう。
懐中電灯を探しに少し上に上がろうと思う。
生きるぞ。
ここで死ぬわけにはいかない。
皆に声をかけて、ここから前に進むしかない。
どうか神様、妻の声を聴けますように。
202X年7月2X日 21時23分 斎藤和雄