優しさの行方 #6
人の優しさに触れたとき、「ありがとう」よりも、「申し訳ない」という気持ちが大きくなってしまうことが多かった。
根本の原因は、自分に自信がないからであろう。
でも、その考えが少しだけ変わった出来事がある。
数か月前、まだ日本にいたころのおはなし。
梅雨に入るくらいの時期だったと思う。
とある理由で家にいることが辛くなってしまって、友達に数泊泊めてもらえないかと相談した。
急だったのにも関わらず何泊かさせてくれることを許して、お家でもたっくさんおもてなしをしてくれたお友達。
とっても美味しいご飯を作ってくれたり、天気がいいからと言ってピクニックしたり、お友達の愛に包まれながら、ゆったりと素敵な数日を過ごすことができた。
とくに、ピクニックなんて、近くのスーパーで食材を買ってきて、サンドウィッチを作って音楽をかけながら公園で食べた。確か、SUPER BEAVERを流していた気がする。今思い出しても、すごく美しい日だったな~。
その優しさを受けて、うれしさを感じつつも、ありがとうと思いつつも、いつものように申し訳なさを抱いていた。
「ありがとうね、申し訳なさもいっぱいある、でもありがとう」
そして、わたしよりもちょっと年上のお友達はこう言ってくれた。
「わたしもnunuのようなことで悩んで辛くなって、友人のお家でお世話になったことがあったんだ。しかも、nunuと同じくらいの年齢のときかな~。だから、いつでもおいで!」
!!!!涙
それを聞いたとき、ふと思った。
周りの人から受けた優しさを、「無理をさせてしまったかな」「自分になんか」「何も返せないのに」と無駄に申し訳なり自分を責めるのではなく、このお友達のように優しさを優しさと素直に受け止めた上で、困っている人がいるときに優しさをギブする人になればいいのではないか。
次は、優しさをもらったわたしがそのバトンを渡す番だ。
そうして優しさを繋げて、アンカーのいないリレーをみんなで作っていくこと。
優しさが繋がっていくなんて、素敵じゃない??
優しさは未来の誰かを救うために在るのだと、気付かせてくれた友達、ありがとう。
遠く離れた場所にいるけども、いっぱいご飯食べて幸せに生きていて欲しいな~。
今日はスマホのメモに入っていた文章を少し書き換えて、投稿してみました。
大切な人たちが、ゆっくり眠りにつき、おいしいものをたくさん食べられていますように!
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?