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ラッキーは山の天気

スーパーマーケット・リーデルでレジに並んでいる時、子どもが前に並んでいるおばちゃんに露骨に「もっと離れて、あっちに!」と、手で払われる。レジに並ぶ前からどばんっとした存在感を放っていたおばちゃんだったので、こういう人ってどこにでもいるよねぇと思いながら、買った品物を買い物袋の中にぼすぼす入れる。
そしてレジを去ろうとした時に、床に落ちていた200クローネ札(2千円くらい)を拾う。いつも支払いはクレジットカードかスウィッシュなので、久しぶりの現金を手にして少しおろおろしながらも、お札を手に握りしめて、スーパーを出た。
200クローネも拾っちゃって、ちょっと居心地が悪い。入り口前に座り込んでいる人にあげようかなと思うも、こういう時に限って、誰も座っていない。このお金を自分のものにしてしまうと自分の人生の中でのラッキーの持ち数が減りそうで、なんか嫌。ペンとかおもちゃとかではなく、お金っていうのが。
日本人的思考でしてみれば、店員さんに託すという選択肢があるけど、ここは日本でないのでそれはない。
拾ったものの処理に迷う荷物で、これどうしたらいいかなとパートナーに聞く。
パートナーは迷うことなく「ポケットに入れる。そして、行く」と言った。
でもお金なんて拾ったら自分のラッキーの持ち数が減りそうで嫌だと伝えると、私ではまず思いつかない面白い答えが返ってきた。
パートナーいわく「ラッキーは、数が決められているものではない。一個使って、一個減るというようなことはない。それは、山の天気のようなものだ。山の天気はいつ変わるか分からない。山に登ってそれが、いい天気だけだったり悪い天気だけだったりするし、いい天気だったのがいきなり雨が降ってくることもある。そいういうものだ」
でたー、山に関する話!と思いながらも、まあそう言われてみればそうかもしれない。
パートナー「だから、取って。大丈夫」
いつも山山山、毎日のようにフランスの山が恋しいと言うパートナー。普段はまたか・・と思ってしまうのだが、この時は、たまにはいい話も出てくるんだなとほほうと頷いた。「また山のことかぁ」と思ってしまうのが申し訳ないような気もするけど、事実、本当に山山と言っているのだ。しかし今日の話はよかった。言い得て妙。
ラッキーは山の天気のようなもの。その言葉、私も使わせてもらうことにします。20クローネ札はとりあえず自室の引き出しに保管しておく。

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