川崎病とBCG接種部位の変化



はじめに

川崎病では特徴的な臨床像がみられるが, 上腕のBCG(Bacillus Calmette-Guérin)接種部位における発赤・腫脹も以前から特に有名な特徴的所見として知られている.
BCG接種部位の発赤・腫脹は比較的特異的な所見であったが, 接種後1年間程度の児に限られることなどから, 以前の川崎病診断の手引きでは主要症状に含まれず参考条項とされていた. 

しかしながら, 川崎病の好発国にはBCG接種の実施国が多いことや所見が診断に有用という意見が多いことから, 2019年5月に日本川崎病学会から出された「川崎病診断の手引き 改訂第6版」では, 主要症状の1つの発疹の中に含まれるようになった(*1)

ただ, 実際に川崎病の症例のうちでどの程度の症例でBCG接種部位の変化がみられるのだろうか.
また日本川崎病学会の診断の手引きの変更点の説明では「接種後約1年までの年齢層にしか見られない」と記述されているが, 実際のところはどうなのだろうか.
その点を中心に川崎病とBCGに関連した話題について少し考察する.


川崎病におけるBCG接種部位での変化

一般的にBCG接種部位における変化としては発赤・腫脹がよくみられる.
また時に痂皮形成を伴うことが知られているほか, 潰瘍病変を形成した例も報告されている(*2)

またBCG接種部位の発赤部位の生検検体では, 単球やマクロファージ, 活性化CD4+ T細胞などの単核球の浸潤を伴った真皮乳頭の広範な浮腫がみられていたという報告がある(*3)


川崎病におけるBCG接種部位の変化の発生率

川崎病症例におけるBCG接種部位の変化の発生率については日本や海外での研究がいくつか存在する.
1970年頃より散発的な報告はみられていた. 1982年に高山らが日本人でのまとまった症例で検討した研究を報告しており, 川崎病症例の36%でBCG接種部位の変化がみられていた(*10).
代表的な2007年の日本での全国調査のデータを分析したUeharaらの研究では, 49.9%にBCG接種部位の発赤や痂皮形成がみられた(*4).
またメキシコや台湾で行われた研究もあり, それぞれ24.3%, 31.7%でみられたと報告している(*5, *6)


川崎病におけるBCG接種部位の変化が起こりやすい要因

「接種後約1年までの年齢層にしか見られない」と記載されているが, 実際にところはどうなのだろうか.

前述の高山らの報告では接種後1か月から1年以内(特に6か月以内に)で起こりやすいことが示唆されている(*10)

他国における前述の研究でもBCG接種部位の変化がみられなかった症例と比べてみられた症例の方が若年であることが示されている.(*5, *6)

さらに, 前述のUeharaらの研究でも, 3-20か月の定型例の川崎病患者では70%以上でBCG接種部位の変化が観察されたと報告している(*4).

そしてシンガポールで行われた研究では, 川崎病症例のうちBCG接種部位の変化がみられた症例は, 1歳未満では69.7%であった一方, 1歳以上では27.8%と低かったと報告している(*7).

ただしこれらの結果からはいずれも接種後1年以上経過していてもBCG接種部位の変化がみられる症例が存在することも示唆している.

以上から, 「BCG接種後から1年程度までの方がBCG接種部位の発赤などはみられやすい」とは言えるだろう.

また川崎病の発症してからの時期(*8)や遺伝的素因(*9)の関与を示唆する研究もあるが, わかっていないことは多い.


川崎病以外でBCG接種部位の変化

BCG接種部位の発赤などの変化は川崎病に非常に特異的に所見として知られている.
川崎病以外でBCG接種部位の変化を引き起こす原因はほとんど知られていない.
human herpes virus type 6 (HHV-6)が関与した可能性を示唆する報告はある(*9). ただし突発性発疹としては非典型的な症例であり, 川崎病の関与も否定できない報告だろうと思われる.
また上述のシンガポールの報告では川崎病以外の症例でも9.9%でBCG接種部位の変化がみられたとしているが, その原因はウイルス性結膜炎やウイルス性発熱といったとても曖昧なものであり, これらにも川崎病の関与していた可能性は否定できないと考えられる.

このように, 川崎病以外でのBCG接種部位の変化の原因に関する知見は非常に乏しく, BCG接種部位の発赤などがみられた場合には川崎病を非常に強く疑う所見と言えるだろう.

BCG接種部位の変化と川崎病の臨床像

BCG接種部位の変化がみられた場合とみられなかった場合での, 臨床像の違いについてはあまり知られていない.
川崎病では特に心臓の冠動脈病変がみられることが特に懸念されるが, 2021年のTakikawaらの報告では, BCG接種部位の変化の有無では冠動脈病変の発生のしやすさに明らかな違いがなさそうなことが示唆されている(*10).
川崎病の第一選択治療である免疫グロブリン大量静注療法に対する不応に関わる因子は数多く研究が行われているが, 現時点ではBCG接種部位の変化はこれらに関連する要因としては挙げられていない. そのため, 特に重症度や冠動脈病変といった川崎病での重要な臨床像に関してはBCG接種部位の変化の有無で大きな違いはないと推測される.

まとめ

以上から個人的には
・川崎病全体では半数弱でBCG接種部位の変化がみられる
・BCG接種後から経過期間が1年以内であればよりみられやすくなるが, より時間が経過していてもみられる可能性はある
・BCG接種部位の発赤などがみられた場合には川崎病を非常に強く疑う(おそらくほとんどの小児科医はそう思っている)

と言えるだろうと考えた.


<参考文献>
*1 日本川崎病学会, 特定非営利活動法人日本川崎病研究センター 厚生労働科学研究 難治性血管炎に関する調査研究班. 川崎病診断の手引き 改訂第6版. 2019.
*2 Kuniyuki S, Asada M. An Ulcerated Lesion at the BCG Vaccination Site During the Course of Kawasaki Disease. J Am Acad Dermatol 1997; 37(2 Pt 2): 303-304.
*3 Sato N, Sagawa K, Kato H, et al. Immunopathology and Cytokine Detection in the Skin Lesions of Patients With Kawasaki Disease. J Pediatr 1993; 122(2): 198-203.
*4 Uehara R, Igarashi H, Yanagawa H, et al. Kawasaki disease patients with redness or crust formation at the Bacille Calmette-Guérin inoculation site. Pediatr Infect Dis J 2010; 29(5): 430-433.
*5 Garrido-García LM, Castillo-Moguel A, Fernando G, et al. Reaction of the BCG Scar in the Acute Phase of Kawasaki Disease in Mexican Children. Pediatr Infect Dis J 2017; 36(10): e237-e241.
*6 Lai C, Lee P, Tsai M, et al. Reaction at the Bacillus Calmette--Guérin Inoculation Site in Patients With Kawasaki Disease. Pediatr Neonatol 2013; 54(1): 43-48.
*7 Loh A, Jade Kua PH, Lei Tan Z. Erythema and Induration of the Bacillus Calmette-Guérin Site for Diagnosing Kawasaki Disease. Singapre Med J 2019; 60(2): 89-93.
*8 Lin M, Wang J, Wu M, et al. Clinical Implication of the C Allele of the ITPKC Gene SNP rs28493229 in Kawasaki Disease: Association With Disease Susceptibility and BCG Scar Reactivation. Pediatr Infect Dis J 2011; 30(2): 148-152.
*9 Kakisaka Y, Ohara T, Kure S, et al. Human Herpes Virus Type 6 Can Cause Skin Lesions at the BCG Inoculation Site Similar to Kawasaki Disease. Tohoku J Exp Med 2012; 228(4): 351-353.
*10 高山順, 柳瀬義男, 川崎富作. MCLSにおけるBCG接種部位の変化についての検討. 日小誌 1982; 86(4); 567-572.
*11 Takikawa H, Ae R, Matsubara Y, et al. Bacille Calmette-Guérin inoculation site changes and cardiac complications in patients with Kawasaki disease. Arch Dis Child. 2021;106(7):669-673.

<謝辞>
参考文献10に関してはこども&アレルギー🌈小児科医先生(@kodoare
)から情報を提供して頂いた. 

<参考(用語説明)>
川崎病(Kawasaki disease; KD)
川崎病は小児を中心にしてみられる原因不明の全身性の血管炎で, 1967年, 小児科医である川崎富作によって最初に報告された(*A).
患者数は年々増加傾向にあり, 最新の2018年の患者数は17364人であった(*B)

*A 川崎富作. 指趾の特異的落屑を伴う小児の急性熱性皮膚粘膜淋巴腺症候群 :自験例50例の臨床的観察. アレルギー 1967; 16 :178-222.
*B 第25回川崎病全国調査成績

BCG(Bacillus Calmette-Guérin)
ウシ型結核菌からフランスのパスツール研究所の研究者であったアルベール・カルメットとカミーユ・ゲランによって作製された菌を元にして作製されたワクチンで, 乳児の重症結核感染症の予防目的に用いられており, 日本では定期接種となっている.
日本ではTokyo 172株が用いられている.

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