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【戦国ショートSF】コンビニでアルバイトする小早川秀秋の熟思

徳川さんには行けたら行くと伝えた。

深夜のコンビニエンスストアでアルバイトを始めてからもう2年になる。もっと自分にあった仕事が見つかるまでの、繋ぎとして始めたアルバイトだったけれど、夜の真ん中で白く光るコンビニエンスストアで働く日々は、思いのほか居心地がよくて、辞める契機を見失ってしまった。客が入店して法螺貝の電子音が響く。

夜のコンビニエンスストアにはいろいろな人がやってくる。仕事を終えた疲れ顔のOL、負け戦帰りのサラリーマン、しなびた目尻のタクシー運転手、足軽っぽい男子、金髪とピンクの髪色のカップルなどなど。みんな何かの物語を携えたような姿でコンビにやってくる。そしてレジに並んで買い物をしていく。そういう人々の顔を見て、その人の背景や文脈を想像する。

冷蔵庫でドリンクを補充しながら、ペプシのペットボトルの間から見える目元。届いたおむすびや兵糧丸を棚に並べながらすれ違う背中。近くて遠いような、目の前にいるのに希薄な瞬間。そういうものが心地よいのかもしれない。駐車場に座り込んで、勝鬨をあげる若い武将には辟易するが(まあ、それすら総論ではよい瞬間なのだけれども)。

同僚の石田さんと徳川さんは総大将をやっている。僕より前からバイトをしている二人なので、店長からそのポジションを任されているのだ。あまり会話をしたことはないけれど、しっかりと仕事ができる人だと思う(二人とも采配を振るのがすごく上手い)。バイトの時間以外に何をやっているのかはわからないけれど。

「東軍の飲み会においでよ」

月曜にシフトに入ったときに、徳川さんがそういって僕を飲み会に誘ってくれた。飲み会は苦手だ。僕は家庭の環境が特殊(周りから秀次君に次ぐ豊臣家の継承権保持者と見られていた)なので、幼い頃から諸大名によく接待を受けてきた。一時はアルコール依存症に近いような症状に陥ったこともあり、通院を経ていまはほとんどお酒を飲まなでいる。おかげで飲み会はほとんど出ない。そもそも人付き合いも苦手だし。

「行けたら行きます」

と僕は答えた。僕の常套句だ。人と関わるのは面倒くさい、でも人が恋しいような気もする。そんな風に行ったりきたりする思考を、うまく保留にしたままにする言葉。行けたら行く。

徳川さんはちょっと怖い。タヌキみたいな風体のくせに、約束を破ったりすると、家に火縄銃を撃ち込んできたりする人だ。そんな徳川さんが僕を誘っている。なれなれしい距離感で、半ば無理やりに(苦手なやつ)。

でもこれはなにかが変わるきっかけなのかもしれない。

フライヤーでファミチキをあげる僕は、油の泡を眺めながら唐突にそう気づいたのである。人が変わる契機はこんな時なのかもしれない。

タイムカードを切ったあと、松尾山を駆け下りていく自分の姿を想像する。

小早川秀秋は、なんだかそれがとても颯爽な姿に思えて、フライヤーの前でうつむき加減に、思わずニヤけてしまったのである。


(おわり)

おまけ豆知識①「小早川秀秋」
安土桃山時代の武将。秀吉の養子でのち小早川隆景の養子になった人物だよ。関が原では秀秋の裏切りが東軍の勝因になったと言われているよ!
おまけ知識②「お酒飲みすぎ武将」
秀秋は豊臣秀次に次いて豊臣家継承の有力者とみられており、全国の大名から接待攻めをうけ、7歳の元服から毎晩酒を飲み続けたんだよ!やばいね!
おまけ知識③「怖いよ家康さん」
徳川家康は、関が原の戦いで内応しない小早川秀秋陣に、鉄砲を撃ち込んで内応を催促したんだよ!怖いね!

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