お調子者のバラッド

自分で言うのも何だけど、ぼくはわりとくじ運の良い方だと思う。統計学的に「池田はくじ運が良い」という確たる証左がある訳じゃないけれど、これまでの生活の中で良い予感がする時は概ね引き当てている。感覚的には7割くらい。
例えばおみくじ。ある年から初詣は三宮の生田神社へ行くようになった。その前年に先輩が大病を患って、何だか直感的に大きな神社で家族や友人、先輩の健康を願ったほうが良いと思ったからだった。まったく信心深くはないけれど、何となく毎年行くようになった。ただ、とにかくぼくは人混みが苦手なので、真面目に1日から行かない。ピークを避けて3日の昼過ぎに行く。それでも参拝客は多い。お詣りをするまでに時間が掛かる。まぁ別に急いでいないし他に予定もないので、のんびりと自分の番を待つ。ドン、ドン、と太鼓の音が聞こえる。普段の生田神社はわりと静かなので、少し別世界な感じがする。そうしてお詣りが済んだらおみくじを引きに行く。
正月の時期に限っては特設ブースのような場所で引くことになる。巫女さんがブース内にずらっと横並びで座り、その前に人々が列を作る。笑顔で自分の番を待つ人もいれば、少し疲れた顔の人もいる。無表情の人もいる。おみくじを引くのに最適な表情なんてないだろうけれど、ポジティブな表情のほうが良さそうな気はする。だからと言って隣のおっちゃんに「ほらほら!スマイル、スマイル!」なんて声を掛けるほど社交的な人間じゃないので、ひとりでカチャカチャ振って番号を伝える。そして巫女さんから手渡しでおみくじを受け取る。ぼくは毎年この催しに参加しながら、アイドルの握手会もこういう雰囲気なのかな、と勝手に想像したりする。実際のところは知らないし、それほど興味もないんだけど。
ぼくは自分が並ぶ列を、巫女さんの顔を見て決める。ここが「くじ運の良い池田」を自称する所以である。巫女さんの器量の良し悪しということではない。そういう目で巫女さんを見る輩は恥じたほうがいい。何か思い違いをしている。まぁそりゃあ一応「この巫女さん、かわいらしい顔してはるなぁ」という確認くらいはする。でもそれとこれとはまったく違う話だ。オリックスにおける開幕戦勝利の重要性とソフトバンクのそれの重要性くらい違う。
ざっと見回して、明るいエネルギーが表情に出ている巫女さんの列に並ぶ。自分の予感に従う。
結果として、たまたま稀に、かわいらしい顔の巫女さんの列だったことはある。いや、そこそこある。ほんと不思議な偶然なんだけど、ある。まぁ、くじ運の池田だから仕方ない。
生田神社に行き始めてから大吉が3年続いた。「1番、大吉」という大層縁起の良さそうなものを引いた時もあった。巫女さんは「ほんまにあるんですねぇ、初めて見た」と朗らかに笑っていた。いいのかそんなノリで、と思った。
おみくじは所詮おみくじだけど、年始に大吉を引くと気分がいい。生田神社はぼくにとって縁起のいい場所になっていった。
ある年の始めだった。女性とデートをしていて、せっかくだし初詣をしようと生田神社へ向かうことになった。お詣りを済ませ、例によってぼくはざっと見回し、この列がいいと思うよ、と二人で並んだ。おみくじを引く。彼女は大吉だった。ほらね。ぼくは小吉だった。あれま。
その後、彼女との関係は特に進展しなかった。
おそらくあの時、くじを引く瞬間に、たまたま偶然ずっとぼくの手元にあった幸運が彼女に移ったんだろうと思う。あるいはぼくの下衆な思惑が神様のしゃくに障ったのだろう。ホントすみません。
それから大吉は出なくなった。

ここまで書いてすっかり忘れそうだったけれど、今日はこの話をしたかったのではない(おい)。
ツイッターで募集していたオリオンビールのプレゼント企画に、何となく応募したら当選した、という自慢がしたかったのです。

わっはっは、どうだ見たか我がくじ運!
おかえりマイ・スイート・グットラック!

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※お酒は量を守ってほどほどに。
浮かれた気分も、ほどほどに。

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