知らねえ舞台、知らねえ黒服。
少し前に、知人が出演したバレエの舞台を観に行った。
久しぶりに観るバレエで、知人が登場していることもあって感動もひとしおの、すばらしい公演だった。
ところがすべての演目が終わったあと、ラストに黒服を着た2人の女性がいきなり舞台に登場してきた。
デン!というSEと共に、スポットライトが2人を照らし出す。
続く司会者によるアナウンス。どうやらこの2人は、今回の公演を取り仕切っている指導者らしい。
そうした紹介でその日の公演は幕を閉じた。
公演終了後、一緒に観劇に行っていた妹がふいに、
「あの最後に黒い服着て出てくるやつさ。あれだけやりたくない?」とつぶやいた。
想像してみる。
知らねえ舞台に、なにも知らねえ私たちが、さも全てを知りつくした顔で登場するところを。
かっこいい黒服を着て、腕組みなんかしちゃって。
デン!というSEと共に、きらびやかなスポットライトが私たちを照らし出す。
それを観た観客は、「きっとこの舞台を仕切ったひとたちなのだろう!」と感心しながら手を叩くだろう。
……が、実際のところ私たちは何も知らないのだ。もしかしたらなんの舞台だったのかすらも把握していないかもしれない。
それでも、さも我が物顔でかっこつけて登場すれば、なんとかなるんじゃなかろうか。
人生のどこかで一度でいいからやってみたい。
何も知らねえ舞台に、すべてを知り尽くした顔で登場する、何も知らねえ私たち。
拍手と声援に沸く会場。
そのあと司会が、「このひとたちは知らねえやつです」と言ってのけたら、観客はどんな顔をするのだろうか。