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テーピングテープ

この年になって久しぶりに転んでしまった。したたか酒を飲んで酔っぱらっての失態なのだから、お恥ずかしい限りだ。見ると傷はかなりの深さだった。

急いでドラッグストアへ。ガーゼと薬と、それから仮止めできるようなテープを求めて棚に目をやれば、そこに並ぶのは数種類のテープたち。
価格やサイズなどを見比べていくと、ふいにある商品に目が止まった。

「テーピングテープ」
そう書かれたパッケージ。

おもわず声に出して読みたくなる音の響きだ。
動名詞と名詞がならぶ、くすぐったいような字面である。
重複しているようでいて、ぎりぎり掠めて重ならないような単語のつながりに、胸がキュンとなった。気付けば商品を手にしていた。


商品への表記に関連して、もうひとつ思い出したことがあった。

年末に職場で履く靴を新調した。
できるだけ軽くて、着脱のしやすいものを選んだ。
通販で購入するからには、サイズや使用感など、購入者のレビューも参考にしながら厳選し、数ある商品の中から「これぞ!」と思うものを選んだ。

届いた商品は想像をゆうに超える軽さで、値段のわりに作りもしっかりしていて、着脱もしやすい。やはり時間をかけて選んだだけあったものだと満足した。

ただ、1点だけ、ほんのすこしだけ、気にかかるところがあることを除いて。

これである。
よく見てほしい。
履いてちょうど足首にくるあたりに、白字で

「SPORTS」
と記されているのだ。

まじかよ? と思った。
正気か? とも思った。
機能は完璧なのに。
シンプルで軽くていい作りなのに。
なぜそこに「SPORTS」と入れたのだろう。

思えば100円均一でも、シンプルでいい商品だなと思って手に取ったマグカップの底に
「Enjoy my life♪」と書かれていたり、
平皿のまんなかに
「Delicious!」と記されていたりしたことがあった(恥ずかしくなって棚にそっと戻した)。

似たケースでも、天下一品のラーメン丼をスープまで飲み干した時、そこに「明日もお待ちしております」という言葉が待っているのには好感が持てる。
あれはいいのだ。だってあれは飲食店へ赴き、ラーメンをスープまで飲み干した者にあてた限定的なメッセージなのだし。
でも、自分の持ち物として購入する生活用品に、そうした語句を明記するのは少し違う気がする。

休み明けの月曜日の朝、目覚ましがてら入れたコーヒーを飲み干した時、マグカップの底に
「Enjoy my life♪」と書かれていたら、出勤せず布団にもぐりこんで、寝込んでしまうかもしれない。

「Delicious♪」と書かれた皿に冷凍チャーハンを盛り、電子レンジで温めるときのわびしさを想像するだけで、心臓がきゅっとなってしまう。

どうしてなのだろう。
商品企画や、デザインをする際に、シンプル一本で通す自信がなかったのだろうか。
毎日その商品を使う者の気持ちに寄り添うことよりも、「それじゃあちょっとさびしいんじゃないの」という上層部の発言に押し負けてしまったのだろうか。

ならば問いたい。
「そのsports、本当に必要ですか?」と。

小学生のとき、私は自分なりに精いっぱい努力したものの、結果的に逆上がりが一度もできなかった。
逆上がりもできねえし、走るのも遅えし、ちょいちょいすっ転んでけがばかりしている。
それなのにわたしは、他者によって貼り付けられた「sports」という文字を足首に携えながら、テーピングテープで覆った怪我を押し隠して今日も生きている。