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棋士の美意識、あるいは意地 -第81期名人戦第4局から-

2023年5月21日、22日に行われた第81期名人戦七番勝負第4局は、藤井聡太竜王(王位、叡王、棋王、王将、棋聖とあわせて六冠)が渡辺明名人に勝利。
スコアを3勝1敗として、名人獲得に王手をかけました。

終わってみれば69手の短手数。
夕食休憩前の16時45分の終局と、結果の意外性ばかりが取り上げられますが、大盤解説会の中田功八段のお話が胸を打ちました。

藤井竜王が▲7五角と王手をかけた局面で、夕食休憩明けに「次の一手問題」をしようという提案に、「いや、夕食休憩にならないですよ」と答える中田八段。

半信半疑の反応にも、「次にどう応対しても▲7三歩成が来る。これを指されたら指す手がない」と、切々と説きます。

羽生善治九段の言葉を引いて、人間が生涯に指せる対局数には限りがあるといいます。
AIは人間より遥かに多くの対局ができるけれど、人間にしかできないことがある。それが美意識だと。

▲7三歩成をされると後手の飛車が取られ、指す手がない。
この手を指されたくないから、ここで投了するのだと、熱弁の奥にもどこか哀しさが覗いています。

ABEMAでは、郷田真隆九段が「ここで投了もあります」と解説しています。

やがて渡辺名人は、水を二度口に運び、襟元を整えてから頭を下げられました。

合理的でリアリストな渡辺名人です。
美意識云々ではなく、攻防ともに見込みがない、勝ち目がない将棋を無駄に粘っても、という判断かもしれません。

それでも、美意識を意地と言い換えたらどうでしょうか。
この一手を指されたくないという意地。

対局中の棋士が何を考えているか、あるいは心に何が浮かんでいるか、一介のファンがうかがうことはできません。

自らの敗北を決めるその瞬間の心の動き、棋士の矜恃を言葉にしてくださった中田八段に深く敬意を表します。


名人戦第5局は、5月31日、6月1日に長野県高山村「緑霞山宿 藤井荘」で指されます。



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