翔生

主に読書記録とネタ帳。不勉強な点はご寛恕ください。

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最近の記事

093:記念講演「ボローニャ大学の創成」(山辺規子)

第73回日本西洋史学会記念講演。写真は会場となった豊田講堂。重要文化財らしい。 3年振り?に対面開催となった日本西洋史学会。両日合わせて約600人が参加した模様。2日目の会場は立ち見も出ていたようだし、大盛況だったのではないだろうか。 そんな学会のトップを切ったのは中世イタリア、ボローニャ大学に関する講演。教科書的には「法学のボローニャ」と覚えるところである。 講演を通して感じたのは、ボローニャは「初めに大学ありき」とでもいうべき都市だったということ。交通の要衝に位置した

    • 094:『独ソ戦 絶滅戦争の惨禍』(大木毅)

      5月9日に合わせたわけではないが、読了。 スターリングラード≒第二次大戦の転機、くらいの見方しかしていなかったが、戦争の在り様や後代の評価まで、示唆に富んだ一冊だった。そもそもスターリングラードよりもはるかに手前の時点で、ドイツ軍は「敗北に向かう勝利(第二章)」を重ねていたというわけね。 自分にとって新鮮だったというか、知っていたはずだが認識していなかったのは開戦当時の両国の状況。片やソ連はスターリンの粛清によって熟練の軍幹部を失い、ドイツはヨーロッパ戦線で圧倒的と思いきや

      • 095:2023年東京大学・世界史

        初めて超真面目に自力で解いてみた。 今回のテーマは1770年頃から1920年までのヨーロッパ、アメリカ、東アジアにおける国家形成。歴史総合の「近代化」みたいな話であろうか。 指定語句は以下の通り。 アメリカ独立革命 ヴェルサイユ体制 光緒新政 シモン=ボリバル 選挙法改正 大日本帝国憲法 帝国議会 二月革命 リード文で私が着目したのは以下の2点。 深読みかもしれないが、「この観点で比較しなさいよ」というメッセージと解釈。いわゆる思考力を問う問題においては、比較は重要な視点で

        • 096:『闘うフィガロ ボーマルシェ一代記』(鈴木康司)

          恥ずかしながら存じ上げなかったが、旧制度下のフランス社会を垣間見る上で格好の「窓」となる人物かもしれない。 時計職人の子から成り上がって宮廷人と親密な関係を築き、フランス革命では九死に一生を得る。驚いたのは、旧制度下においてもこのような「成り上がり」が―当然天井はあるにせよ―可能だったということである。自然、彼は第一身分の差別的言動に憤り(被抑圧者)、召使に対しては理不尽を突き付ける(抑圧者)という二面性を持つことになる。 この「窓」から見える景色で関心をひかれたのは以下の

        093:記念講演「ボローニャ大学の創成」(山辺規子)

          097:「ロシアの破局的な時間」(池田喜郎)

          彼の国では我々の認識と主客が逆転している、という印象を受ける論考だった。統治者が法を縛り、人が時間を支配する。その背景にあるのは、「西」に対して遅れている、という焦燥だと筆者は位置づける。 印象に残った指摘がある。 多かれ少なかれ、為政者は前任者を否定することで立ち位置を確立する。ただロシアの場合は、その強烈さと言おうか、危機意識が桁違いだということだろう。 例示されているのは19世紀と冷戦期。 「アレ・ニコ・アレ・アレ・ニコ」と暗記した私は、クリミア戦争以降の近代化は一つ

          097:「ロシアの破局的な時間」(池田喜郎)

          098:『アンネ・フランクはひとりじゃなかった』(リアン・フェルフーフェン/水島治郎・佐藤弘幸訳)

          『アンネの日記』も『夜と霧』も読んでいないド素人だが、ホロコーストについては『私にはいなかった祖父母の歴史』に続く2冊目。『私に~』の方が本全体がもたらすイメージは重い。 両書に言えるが、こういったファミリーヒストリー、群像的な記述はとにかく人名が多い。巻頭に番地一覧があることはあるが、番地よりも簡単な経歴の説明が欲しかったところ。 書名は何を語るかさて、本書は何を伝えようとしているのだろうか。 書名に限らず、帯のCM、著者あとがきからは「ひとりぼっちじゃなかった」という

          098:『アンネ・フランクはひとりじゃなかった』(リアン・フェルフーフェン/水島治郎・佐藤弘幸訳)

          099:「中世ヨーロッパの展開と文化活動」(佐藤彰一)

          7~8世紀に設定されるポスト・ローマ期からの転換(離脱)は、幾つかの指標によって分析される。一つは都市構造(ブリタニア)、一つは租税システム。そして新興貴族層による支配の確立である。 一つ目新しく感じた視点は、7世紀における気候変化の影響が指摘されていること。寒冷多雨から温暖乾燥への気候の推移は、穀物生産ひいては人口の増大をもたらしたという。これは後に交換活動の活性化、銀貨の流通、大所領の形成へと帰結する。 メロヴィング朝からカロリング朝へ貴族層の形成については、『中世世界

          099:「中世ヨーロッパの展開と文化活動」(佐藤彰一)

          100:「展望 ユーラシア西部世界の構成と展開」(大月康弘・清水和裕)

          「西ユーラシア」という視線佐藤彰一が西ヨーロッパを「ユーラシア大陸に突き出た半島」と評したのはもう大分前になるが、こちらはより広く「西ユーラシア」。西ヨーロッパの形成は東ローマを抜きにしては語れず、その東ローマはイスラーム勢力と覇権を争い、マホメットなくして…というように、大きく3つの勢力の共存・興亡した世界を、共通の世界観(セム系一神教)を持つ地域として描き出す。以前どこかの大学入試で(一橋だったか)地中海世界における宗教の変遷を扱っていた気がする。 ローマの後継?読み進

          100:「展望 ユーラシア西部世界の構成と展開」(大月康弘・清水和裕)