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23.居酒屋の定義

 マグロ漁船に乗っているとお金が貯まるらしい。起きて、釣って、寝て、起きて、北島三郎の「北の漁場」を歌いながら釣って、寝て・・・こういう生活なら確かにお金は貯まる一方だろう。お金が貯まらなくてお困りの方はマグロ漁船に乗るのもありかもしれない。だが、蓄財という点では社畜も割と負けていない。何故なら、遠洋漁師と同じくらいお金を使う時間がないからだ。ちなみに私は社畜時代に180連勤という偉大な記録を打ち立てた事がある。その頃は本当にお金を使わなかった。起きて会社に行って、帰ってきて寝て、また起きて会社に行って・・・この繰り返しだと確実にお金は貯まる。その時期の思い出や記憶が一切ないのが難点だが。
 その見返りとしてまとまった貯金が出来たので、ガストの運営会社であるすかいらーくの株を買った。購入数は驚愕の100株。発行済株式数が227,502,200株なので、私は発行済株式の0.00004396%を所有する大株主という事になる。これを読んだガストの店員さん、私を見かけたら「オーナー」と呼んで欲しい。

 さて、数ある銘柄の中からすかいらーくを選んだのは半年に一度お食事券がもらえるから。こいつを使えばガストでファミレス吞みを堪能出来る。
 社畜だってたまには平日に休みが取れる幸運にありつける。そんな時は真昼間から一人酒だ。時間を気にしながら「本日のランチ」を忙しく口に押し込んでいる社畜どもを眺めつつ、ミックスグリルとポテトを頬張りながらビールをガブガブ飲んでると自分が上級国民になったような傲慢な心境になれた。しかもお食事券を使ってるのでお支払いはなし。自作自演に近いが「タダ酒」だ。貧乏人は「〇割引」とか「半額」以上に「タダ」と「無料」に弱い生き物。厳密にはタダとは言えないが、妙なお得感があったので個人的には満足していた。

 そして関東での社畜生活も終わり、田舎住まいとなったわけだが、最近ではその優待券を持てあましている。田舎に住むとファミレス吞みが出来なくなるからだ。何故なら、田舎は基本的に車社会なので基本的に外出先での飲酒はNG。よって電車移動をしていた都会の頃のように自由に飲むことが出来ない。
 以前、「21.ぼくのかんがえたさいきょうのかつどん」でジャンクフード好きは田舎に住むなと語ったが、今回は「酒好きなら田舎に住むな」そんなアドバイスをさせて頂きたい。


 私の酒歴は学生時代から始まる。当時所属していたサークルはやたら飲み会ばかりしたがる典型的なダメ人間サークルだった。サークルの公式行事としての飲み会も多いし、夕方以降、部員同士がキャンパス内で偶然出会ったらすぐに飲み始める悪習もあった。
 このサークルの酒好きの歴史は古い。私が在籍していた頃より遥か前、やたらと髪の色を金髪やピンクにしたがる先輩たちはその風貌ゆえにアルバイト先が見つからないのでお酒を買うお金がなく、なので仕方なく密造酒を作っていたという伝説を聞いたことがある。お酒の醸造は農学部の講義で得た知識を応用してるので、座学から実践に至るという点では真面目な学生と言えなくもないが、ぶっちゃけ違法だ。そもそも金がないから密造酒を作ろうって論理の飛躍が甚だおかしい。まあ、今の時代だとセクハラやパワハラと言われている事も昭和の時代だったら意外と普通だったりするし、そもそもこの件は時効になってるので聞かなかったことにして頂けると幸いだ。
 そういう生活を過ごしていたので、卒業する頃には立派な酒カスへと成長し、関東で就職して車生活から電車・徒歩生活へ切り替わったせいもあり昼間から飲む事も覚えた。おかげで目に映るあらゆる飲食店が居酒屋に見えるし、何を見ても「一杯やろう」が発動するようになった。

 そんな私からすればガストは居酒屋に分類される。パパはビールでママは梅酒、キッズたちはドリンクバーと、家族そろって飲みに行くファミリー向け居酒屋だ。
 前述したようにランチタイムからがぶ飲みするのも悪くないし、コスパを考えて平日の午後4~6時のハッピーアワーを利用するのも良い・・・と、ハッピーアワーの時間をガストのHPで確認したら、今は朝10時30分からやっているらしい。「おいおい、いつの間にガストはこんなにアル中シフトをしくようになったんだ」と言いたくなった。私もアル中予備軍の端くれとして、このお得なシステムを最大限に活用しない手はないのだが、田舎の縛りにより見送らざるをえない。
 そんな訳でお食事券が期限切れで失効しないよう、配膳用猫型ロボット観賞を兼ねてネギトロ丼やうな丼を食べたりしているが、恋人から友人に戻るのが困難なように、居酒屋感覚のガストからファミレスとしてのガストに戻るのは実に難しい。最近もガストで食事をしたが、「飲む場所で食事だけしている」という違和感は未だに拭えない。

 当然、これはガストだけの問題ではない。本来の用途である居酒屋的な利用が出来なくなるお店は他にも出てくる。代表格はサイゼリヤだ。ここも私からすれば完全に居酒屋だ。ジャンル分けするならば和風スナックに準ずるニュアンスの伊風居酒屋となる。
 最寄りのサイゼリヤは車で40分ほど走ったショッピングモールの中にある。サイゼリヤと言ったら恒例の赤ワインを飲んでからの「力強いボディですね」や、ピザを頬張りながらビールを飲んだり、エスカルゴを摘まみながらの白ワインだが・・・嗚呼、畜生。今の私の世界線にそれらはもう存在しない。
 代替案としてピザとドリンクバーのコーラ、なんて考えもあるが、それではまるで育ち盛りの高校生。自称・イケてるサラリーマンの私がやるべきエレガントな食事とは程遠い。これではいくら最高級イタリアンと言えども魅力半減だ。
 しかも執筆している今現在、「ミックスグリル」という屈強なメニューが爆誕している。ハンバーグに辛味チキン2本、ポップコーンシュリンプ5本、付け合せのコーンが乗って税込み650円だ。何だこれは?完全にこちらを仕留めに来ている。これを税込み400円のデカンタ(500㎖)でやっつけられたら御機嫌だろう。そんな夢想をしてみたりするわけだが、思考が近しい同胞は日本中にいるらしく「新作のミックスグリル凄い!デカンタと合わせても1,050円!これはもうセンベロ殿堂入り!」みたいな反応をSNSでちらほら見かける。ジャンクフードを愛する血の繋がらない兄弟たちが狂喜している様を見てると「仲間外れ感」や「疎外感」を感じてしまう。


 築地銀だこも私からすれば狂おしいほどに居酒屋だ。ここも失われた楽園。サイゼリヤと同じショッピングモール内にあるが、当然これも食べなくなった。
 特定の食べ物には記憶がつきまとう。例えば私はフルーツタルトを食べると仲が良かったとある女性を思い出す。二人でキルフェボンでタルトを食べながら他愛のない会話を交わしていた記憶を。他にはのり弁を食べるとお金に困っていた大学時代を思い出すし、
歌舞伎揚げはいつも死にかけてた社畜時代、
ハッピーターンはいつも死にかけてた社畜時代、
カロリーメイトはいつも死にかけてた社畜時代、
ソイジョイはいつも死にかけてた社畜時代、
ゆで太郎はいつも死にかけてた社畜時代を、
そして、銀だこの看板を見れば忙しい社畜の日常の中に突如訪れた、穏やかな休日の記憶が蘇る。

 都会にいた頃、休日に昼間から銀だこをハフハフ言わせてビールを飲むことがよくあった。この習慣により、たこ焼きはおやつから酒のつまみへと再カテゴライズされた。
 たこ焼きという食べ物の不思議なところは「前触れもなく、急にたこ焼きスイッチがオンになる」事だ。そんな時はフードコートの銀だこで大好物の「てりたま」を頼もうかなと思うのだが、くどい様だが田舎は車社会。仮に食べるとしてもビールを諦めて麦茶片手に食べるしかない。そうなるともう別の食べ物だ。もう、たこ焼きをおやつと思えなくなった私がビール無しでそれを食べるなんて、逆にわびしい気持ちでいっぱいになりそうだ。

 そば屋も立派な居酒屋だ。と言うか、江戸蕎麦文化の視点で考えれば蕎麦屋で酒を飲むのは至極当然の事。蕎麦前という言葉はご存じだろう。蕎麦を食べる前にちょっとした肴で2,3本の日本酒をやっつけ、締めに蕎麦を頂くという江戸っ子の粋な作法だ。
 私も関東に住んでいた頃、神田や浅草あたりの蕎麦屋で昼間っから板わさや玉子焼きなんかでビールをキュッとやり、それからお蕎麦なんて江戸っ子顔負けの粋な休日を過ごした事がある。が、正直結構なお値段がするので要注意だ。「蕎麦屋でちょっと一杯」の気持ちで軽く飲んだだけなのに、下手したら普通に飲みに行くより高くつく。2,3杯飲んだだけなのにモンテローザがやってる激安居酒屋「笑笑」の2倍程度のお会計になる事はざらだ。
 特に危険なのは天ぷら蕎麦から蕎麦を抜いて天ぷらだけを提供する「天抜き」というメニュー。お店によっては天ぷら蕎麦と同じ料金を請求されることがあるらしい。まあ、注文前に店員さんに確認すれば良いのだが、そもそもそんな事を気にしながら注文するのが「粋」なのか疑問だ。注文するなら細かいことは気にせずに大胆に注文する方が江戸っ子っぽい気がする。あと、天ぷら蕎麦から蕎麦を抜くので「蕎麦抜き」と言って良さそうなものだが、そんな直接的な表現を取らないところに江戸っ子らしさがあるのだろうか?これも謎だ。

 「蕎麦屋で一杯に興味が湧いてきたけど、老舗の蕎麦屋は敷居が高いなあ」と、そんな症状でお悩みの方は立ち食いソバチェーンでお馴染みの「富士そば」をおススメする。富士そばは酒の肴として蕎麦のトッピング部分が単品注文が出来るので、こいつをあてにビールを飲むと良い。キツネそばのキツネの部分だけが小皿に乗って出てくるのはかなりシュールな光景なので、一度は頼む価値がある。風格ある蕎麦屋での一杯も経験すべきだが、これはこれで体験すべきだ。
 また、「天抜きをやってみたいけど、老舗っぽい蕎麦屋でやるのはちょっと怖い」と思われる方はここで天ぷらを頼もう。これで「仮想天抜き体験」が出来る。ちなみに「仮想天抜き体験」をした後の蕎麦のトッピングに天ぷら系は避けた方が良い。天ぷらを肴に飲んだ後に天ぷら系の蕎麦だとお年頃によっては胃がもたれる可能性がある。

 
 とりあえずサイゼリヤ、築地銀だこ、お蕎麦屋さんで飲めない悲しさを綴らせて頂いたわけだが、これはまだ氷山の一角だ。寿司屋、中華料理屋、インドカレー屋、串カツ屋etc・・・本来私の中で居酒屋であるべきお店は数え上げればキリがない。
 私にはある後輩がいる。独身で酒を飲まない便利な後輩だ。彼が地元に帰ってきて、運転手をやってくれるのならこの苦しい局面を打開出来るのに。
 これはいつも言っている事だが、大学時代の先輩後輩の関係はポケモンとトレーナーの関係に近い。先輩から「今からサイゼリヤ行くぞ。車出して」と呼び出されれば、「ピィカァ~チュ~ウ!」と答えて迎えに行かなければならない。ただ、呼び出す側にもデメリットはある。呼び出した際はトレーナーが奢るというルールも存在するのだが、仕方ない、田舎のアル中にとってこれは必要経費だ。

「私の酒ライフのために後輩の会社、潰れないかな?」

そんな不埒な事を思う今日この頃だ。

 さて、今回は酒好きと田舎の相性の悪さについてのアドバイス、と言うかほぼほぼ私の愚痴を、自宅で淡麗グリーンラベル(高級発泡酒)を飲みながらお届けさせて頂いた。
 しかし、外で飲めないからか、いつの間にか家のお酒ストックが妙に増えている。淡麗グリーンラベル(高級発泡酒)は勿論のこと、缶チューハイやバーボンウイスキー、焼酎、カルアにウォッカやらのカクテルの材料まで盛り盛りだ。それに馬刺しや蟹味噌甲羅焼きなんかの冷凍食品、オイルサーディンにスモークした牡蠣の缶詰やらと、おつまみも充実してきた。冷やした缶をそのままインして冷たさをキープする「缶ホルダー」や、同じく飲み頃の温度をキープするタンブラー類もニトリで買ってきて飲酒環境も整ってきている。
 無意識のうちに快適な飲酒が出来る空間を作り上げていたとは、自分自身の才能が怖い。そしてその快適な空間を高級発泡酒片手に眺めまわしながら思った、

「私からすれば自宅も居酒屋に分類されるな」と。


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