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18.どんなものでも「どん兵衛」に敵いやしない

 馬鹿デカい大砲を搭載した戦艦。変形するロボット。得体の知れない粒子。鉄板すら一刀両断する日本刀。強すぎる己の能力を封印するための眼帯etc・・・ 

 男の子が好きそうなものを並べてみた。まさに錚々たるメンツだが、これらが束になっても「どん兵衛」の前では色褪せてしまう。男子ってやつはそれを愛して止まない生き物。どんなものでも「どん兵衛」には敵いやしないのだ。
 本日はそんなどん兵衛にまつわるエピソードを二つばかり紹介させて頂こうと思う。まずは私が関東にいた頃の話だ。
 
 当時の職場の先輩と仕事帰りに飲んでいた際、話題が先輩の奥さんの話になった。どこで出会ったんですか?どこに惚れたんですか?どれくらい付き合ったんですか?出会いからの経緯を根掘り葉掘り聞いていき、やがて結婚の決断をした時の話になったのだが、
「料理が美味しい」
「料理を作るのを面倒くさがらない」
「片付けも好き」
この3つが決め手になったと、先輩はちょっとだけ自慢げ語った。
 しかし、見事に三拍子揃ってるではないか。まさしくキッチンの三冠王だ。先輩好みの味付けで朝御飯、お昼のお弁当、夕御飯、そればかりか晩酌の時に冷蔵庫の余りもので簡単なおつまみを作ってくれるし、片付けまでやってくれるとの事。実に羨ましいと思った。
 先輩も筋金入りの社畜だったので、結婚しても平日はなかなか家事に参加出来ない。そう考えると、この奥さんの料理スキルは実に社畜の奥さん向けだ。毎日毎日残業に明け暮れる社畜が一緒に暮らす相手としての理想像だ。
 
 私の経験上、上記の一つや二つを満たす女性は大勢いても、全てを満たす女性はなかなかいない。「料理はするけど片付けは嫌い」のパターンが一番多いのではなかろうか。ちなみに私の知ってる激レアパターンでは「料理がめちゃくちゃ上手だけど、作るのも片付けるのも面倒なのでUFOばかり食べてる」って女性がいた。彼女は調理師の専門学校に通ってたので、何か根本的なところで人生の歩み方を間違えていたのではないかと今でも思うが、まあこれは余談だ。
 
 これなら誰だって自慢したくなるだろう。しかし、先輩から言わせるとこれはこれでちょっとした不満を感じるとのことだった。
 こんな事を書くと独身の読者様から先輩に対する怨嗟の声が聞こえてきそうだし、私もそれを聞いた瞬間は「こんな献身的な奥さんに不満が出るなんて、哀れな生き物だな」と蔑み、彼への好感度が地にめり込むほどの勢いで一気に下がった。筆者は学生時代に「帝都物語」の小説を読んだことがあるので、多少だが陰陽道の心得がある。魔人・加藤保憲さながらに「式神でも飛ばしてやろうか」と思ったのだが、最後まで話を聞くとその発言の真意が理解出来た。
 先輩曰く、完璧に料理をする人と結婚すると、カップラーメンを食べるタイミングがなくなるのだそうだ。
 
 激しく共感した。手料理とカップラーメンは比較対象にならない。まったくもって別物なのだが、残念な事に女性にはそれが理解出来ない。パートナーが美味しそうにカップラーメンを食べる姿を見ると、自身の料理を否定された気持ちになるらしい。特に料理が上手な女性ほどその傾向が強い。

 「でも、この前久しぶりにどん兵衛食べれたんだよ」先輩はそう言い、話題は彼が少し前に食べたどん兵衛へと移った。
 とある週初め、奥さんから「週末に友人とランチに行くことなった」と告げられ、その日のお昼をどうするか聞かれた先輩。レンジで温めれば食べられるおかずでも作っておこうかと聞かれたらしいが、まるで奥さんに遠慮するかのように「いいよ、気にしないで。コンビニで何か買ってくるから。楽しんで来てね」と優しい言葉をかけたそうだ。勿論、日頃から家事に勤しんでくれてる妻への「たまには休んで」的な労いもあったそうだが、それよりも突然舞い込んできた数年ぶりのカップラーメンのチャンスを確実に勝ち取るため、絶対に奥さんがお昼を作らないように誘導しなければならなかったのだ。
 
 無事にこのビッグチャンスを手にした先輩は決意した。「週末はどん兵衛を投入しよう。それ以外の選択肢はない」と。
 世の男性にとってどん兵衛は常にご馳走であり、絶対に外すことがない、抜群の安定感を持った最終的切り札だ。先輩曰く、その週はどん兵衛への期待感で心ウキウキ、遠足の前の子供のようにルンルン気分の一週間だったらしい。
 仕事をしてても頻繁にどん兵衛の事が頭をよぎる。メインは甘いお揚げのきつねうどんで決まりだが、一緒に食べる相棒の選択が難しい。コンビニのおにぎり、特にツナなら間違いないが、ほか弁も捨てがたい。意表をついてまるごとソーセージを投入する方法も検討するに値する。そんな事ばかり考えてたけど、この考える時間もまた至福の時だったそうだ。
 どん兵衛は人を幸せにする。きっと、世界中の人がどん兵衛を食べたなら他者と争う気持なんか霧散し、世界から戦争は無くなるかもしれない。
 
 そして遂に待ちに待った週末が到来し、数年ぶりにどん兵衛と再会した先輩。しかし、これは悲劇の再会だった。食べた瞬間に強烈な塩辛さを感じ、「からっ!」と叫んだらしい。先輩の記憶しているどん兵衛とは違う全く知らない味で、とにかく困惑したらしい。人はどん兵衛の味が違うとパニックに陥る。「リニューアル?過剰な思い出補正?それとも自身の味覚の変化?」と、ひたすら狼狽しながら食べたそうだ。
 とりあえず完食したものの、彼の舌と心が満たされなかったのは言うまでもない。何故、このような事態になったのか。読者諸兄の皆様、何が起きたかお分かりだろうか?

 実はどん兵衛は地域によって味が異なる商品が販売されているのだ。かつおだしと醤油が際立った攻撃的なお出汁の「東」と、対して昆布だしがきいてる甘くて優しいお出汁の「西」、そして北海道限定の「北」の3種類だ。
 先輩は関西出身。彼が昔から食べていた、記憶の中で燦然と輝くどん兵衛は「西」だ。しかしながら、関東で働く彼がその週末に食べたのは「東」のバージョン。西の甘さを思い出しながら食した先輩が「からっ!」と叫ぶのも無理はない。筆者は西も東も食したことがあるが、同じ商品名を名乗るのは不親切、って言うか詐欺と言いたくなるほど味が違う。
 今でも鳥羽一郎と山川豊が実の兄弟という事を知らない人がいるように、どん兵衛の「東」「西」「北」を知らない人は結構存在する。だが、当時は今以上、全くと言っていいほど知られておらず、蓋に記載されている東の「E」、西の「W」、北の北海道マークを確認して味を判別する人なんか皆無だったと言って良い。誰が先輩を責められようか?

 これが全国で味が統一されてるカップヌードルだったら幸福な休日の昼食になっただろうにと思うと、同情を禁じ得ない。貴重なチャンスを不意にしたのだ。
 実は筆者も西で育ち、先輩同様に関東のどん兵衛を食べて「からっ!」と叫び、パニックに陥った経験が既にあった。それなので先輩がどん兵衛の話を始めた時点でこのオチが来るのは何となく想像がついていたが、良質な映画や小説は話の終わりが予想できても感動を禁じ得ないように、私も先輩の話で心を打たれた。
 そして、西のどん兵衛を食べられない不幸な境遇をお互いに慰め合いながら、その後も二人で盃を重ねたというわけだ。
 
 以上が先輩が経験した、ちょっと悲しいエピソードだ。

 さて、次のエピソード。これもまた私が関東に住んでいた頃の話だ。
 とある週末、私は京都に旅行へ行った。当時は写真に凝っていたので、京都中の寺社仏閣を撮りまくろうと画策したのだ。
 これまた余談だが、当時は幕末の知識がゼロだった。池田屋と寺田屋の違いも分からないレベルだ。「燃えよ剣」「竜馬がゆく」、そして「ゴールデンカムイ」を読み終えてる今ならば大興奮出来ただろうにと思うと勿体ない気がする。新撰組ゆかりの壬生を感慨深く、そして鼻息荒く散策したり、「寺社仏閣に比べたら門なんて映えない」という理由でスルーした蛤御門も16連射でシャッターを押しまくっただろう。 

 まあそれは置いておくとして、旅行初日、新幹線で京都駅に着くなり駅のコンビニに「東と西のどん兵衛、両方置いてます」との馬鹿デカい貼り紙が貼ってあった。「京都がどん兵衛の味の境界線になるのか」と感慨深い思いでそれを眺めていたのだが、ふと、いい考えが脳裏に浮かんだ。「会社の後輩たちに西のどん兵衛を食べさせてみよう」
 関東の会社だったので、必然的に勤めているのは関東人が多かった。やつら都会で育ったもやっし子たちは西のどん兵衛なんか食べた事がないはず。そんな「西のどん兵衛チェリーボーイズ」の初体験が見てみたい。
 子供の頃から西のお出汁を食べてる人間はその味に絶対的な自信を持っている。東のお出汁なんか目じゃない。きっとぶっ飛ぶに違いない。
 もうこれはお約束のあれだ。「なんちゅうもんを食べさせてくれたんですか・・・こんな美味しいどん兵衛は食べた事がないです・・・本当に美味しいです・・・これに比べると東のどん兵衛はカスですね」きっとこんな展開が待っているに違いない。東から西への転向者が続出するだろう。「職場を西日本にしてしまえ」の心意気だ。

 最終日、スーツケースを西のどん兵衛でパンパンに膨らませ、帰りの新幹線に乗った。「後輩ズ、西のどん兵衛化計画」の準備はこれで整った。さあ、お前たちの体が東のどん兵衛を受け付けられないようにしてやる。
 翌日、集まって雑談していた後輩たちに「はい、京都に行ったのでお土産。西のどん兵衛ね」と配って回った。「西のどん兵衛?」西と東の概念がない後輩たちに味の違いが存在することを説明すると、近場では手に入れる事が出来ない希少価値を感じたのだろう、非常に喜んでもらえた。私の罠とも知らずに。
 そこへ別の後輩がやってきた。これは西日本の味付けのどん兵衛である事を説明しながら渡したのだが、「あっ、渋谷行ってきたんですね。ありがとうございます」との意味不明な感謝の言葉が返って来た。渋谷ってなんだ?
 京都旅行でわざわざ買ってきたお土産だと説明すると、後輩が言いづらそうに「今、期間限定で全国各地のどん兵衛が買えるお店が渋谷駅構内に出てるんですよ」と説明してくれた。

 そう、この時期、渋谷駅山手線ホームに出店されたそのお店で全種類のどん兵衛が購入出来た。つまり、別に西日本に行かなくても西のどん兵衛は手に入ったのだ。
 後輩たちが手に持っていたどん兵衛の希少価値が一気に下がった。先輩が往復5時間とウン万円の交通費を費やして手に入れた西のどん兵衛。物珍しいお宝アイテムと思われたそれも、会社の最寄り駅が山手線の駅だったので定期を使えば交通費ゼロ、往復時間も30分弱で買える程度の代物だったのだ。
 こうして、どん兵衛進呈の儀式はちょっと気まずい、モヤモヤした感じで幕を閉じた。ちなみに味の方も関東人の味覚からすればちょっと甘過ぎたらしく、食べた瞬間に「甘っ!」と叫んだらしい。畜生、味の分からない都会のもやしっ子どもめ。

 エピソードは以上だ。思い返せば関東に住んでいる頃は西のお出汁の欠乏による禁断症状に悩まされ、帰省する度にどん兵衛を食べまくっていたものだ。
 しかし、記事を書くにあたって山手線ホームのあの店の事をネットで調べてみたら、好評だったので予定より6年も延長されて出店していたらしい。私が関東にいた間、いつでも西のどん兵衛を買えたってことかよ。知らなければいい事実だった。


 この記事を書きながら改めて思った。「どん兵衛喰いたいな」と。私のこの駄文を最後まで読んで下さった、ジャンクフード喰いの読者の中にもそう思った方がいらっしゃるのではないだろうか。少なくとも10人中3人以上の割合で存在してるのではと思う。
 とりあえず、お湯を沸かしたいと思う。常にどん兵衛をストックしておくのはジャンクフード喰いの嗜みってやつなのでブツはある。ストックがない読者様は東でも西でも構わないので、コンビニに走って買ってきて欲しい。私も歳を取り丸くなったのか、西への絶対的なこだわりはもうない。東だろうと西だろうと関係ない。お出汁の味に違いはあれど、どん兵衛喰いとしての情熱に違いはないのだから。
 各々が好きなどん兵衛を食べ、幸せな気持ちになって欲しい。

 しかし、やはりどん兵衛は凄い。アメージングでマーベラス、そしてパワフルな食べ物だ。ミサイルの弾幕、30%しか解放していないパワー、喫茶店のマスターがぶっ放すバズーカ砲etc・・・男子の胸をキュンキュンさせるそれらを以てしても、どん兵衛前では影がかすむ。
 そう、どんなものでも「どん兵衛」に敵いやしないのだ。


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