目標は、ない。

ツイッターやホームページをとおして、わたしに連絡をしてくる人が少しずつ増えてきた。わたしは、もともとは伝道目的でツイッターのアカウントやホームページを作った。相談ごとはあくまで副次的なものとしてとらえていた。しかし実際には、洗礼を受けて教会員が増えるというような意味での「効果」よりも、それらインターネット媒体をとおして、打ち明け話の問い合わせが来ることのほうが増えたのである。

わたしに苦痛を打ち明けてくる人の多くは、わたしの働く教会から遠く離れた地に住む。なので、ツイッターのダイレクトメッセージでやりとりをしたり、電話に応じたりすることで、わたしは相手と対話する。その人の住んでいる地域にわたしがよく知っている教会があれば、そこを紹介することもある。ただし、「そこですぐに洗礼を受けてクリスチャンになってください」という意味でそうするのではない。

苦痛を打ち明けてくる人の多くは、それぞれの人生の来歴のなかで、これ以上耐え続けるのが不可能な孤独へと漂着している。独りでいるとその孤独が反芻され、思考は堂々巡りになって苦しみが増す。だからわたしは教会行きを勧めるのだ。教会は入場料を取らないし(献金はしなければよい)、とりあえず人々ががやがやしているので、思考の澱みは他人の気配によって攪拌され、苦痛が軽減されるかもしれない。わたしはそういう理由で教会を勧めるので、自分のまったく知らない教会は紹介できない。「あそこはあの牧師がいて、あの人たちが出迎えてくれるだろう」という予測が立つからこそ、「気持ちに余裕があれば、行ってみませんか」と持ち掛けることもできるのである。そして洗礼やクリスチャン云々は、言葉は悪いが二の次である。

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